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『Hyper Landscape part1』
−身近な風景で遊んでみよう−
−前編−文・写真/中山慶太
§例によって前口上§ 気がつけば巷はすっかり秋である。
日本で秋といえば、昔から秋刀魚と松茸と紅葉がセットになってやって来るものらしい。
このうちアンモの読者諸兄がもっとも感心をお持ちなのが、松茸ではなかろうか。
そう答えるひとの精神はまことに健全と思うが、残念ながらあれは写真に撮ってオモシロイものではない。
秋刀魚は被写体としてもうちょっとオモシロイかもしれないが、こちらも食べた方がイイに決まっている。
では紅葉はどうか。毎年この季節になると紅葉狩りの名所には写真愛好家の方々が押し寄せるそうだ。紅葉の写真というのもきわめて健全な趣味であることは想像に難くないが、根っから都会育ちの筆者には(←大嘘である)どうもイメージが湧かない。というか、綺麗な風景をそのまま写真に撮って保存しておこうという真っ直ぐな根性がない。さらに本心をいえば、自分しか撮れない紅葉の写真を撮る自信がまったくない。
どう撮っても絵葉書やカレンダーになってしまうような気がする。
そうやって考えてみれば、昔から風景写真というものに真面目に取り組んだ記憶がないのだった。
でも、読者にも意外にそういうひとが多いのではと思うのは、風景写真の愛好家はおしなべて年齢層が高いように見えるからだ。写真家でも、新世代の作家でランドスケープに真面目に取り組んで成功しているホンマタカシ氏のようなひともいるけど、大方の興味はもっと別の方を向いているようである。
風景写真というジャンルは小説でいえば純文学、音楽でいえばクラシックのようなものなのだろうか?
もうちょっと肩の力を抜いて風景と向き合うことは出来ないものか、と考えてみたのが今回の特集である。題して「身近な風景で遊んでみよう」。いつもながら軽いノリというか、動機が不純である。
<作例1>
東京名物、レインボーブリッジ。というお題目は拡大しないと見えてこない。非東京的な近景と遠景の中間が無い超広角の構図。もうちょっと視点を下げた方が遠景が整理されて良さそうだが、椅子が手すりに埋没する。といって椅子を移動してはいけない。撮影者の都合で手を加えられないところが風景写真の面白さなのだ。135format 20mmF2.8 1/8sec. f5.6 Fujichrome 64T2 (RTP2)
<作例2>
『新交通ゆりかもめ』ガ駅ニ突入スル之図(実は駅を出て行くところ)。これで風景写真と称すると石が飛んできそうだが、東京の風景ってこういうトンネル状の駅の向こうに小さく開いた孔のようなものだと思う。135format 14mmF2.8 1/15sec. f5.6+1/2 Fujichrome Astia (RAP)
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