マカロニアンモナイト
月刊特集 写す人 第二回
写真用レンズをつくる人たち
  
富士写真光機を訪ねて −後編−
文・写真/中山慶太  取材協力:富士写真光機株式会社
後編目次 6 7 8 9 10 2003年2月掲載


§レンズコーティングの秘密(2)§

 レンズの表面に反射防止膜を与える技術は、実はそれほど新しいものではない。光学先進国のドイツで、およそ半世紀以上も前に実用化されている。EBCもその進化の系譜に連なる技術といえるのだけど、多くの先達とはハッキリ異なる個性と優位性を持って登場した。それは硝材の表面に膜を多層に形成する手法だという。

─── 初歩的な質問で恐縮ですが、“イービーシー”ってどういう意味ですか。

●片桐:「エレクトロン・ビーム・コート(Electron Beam Coat)」の略です。通常のコーティングは加熱蒸着(真空中で膜素材を加熱して蒸発させ、ガラス表面に薄膜を形成する方法)ですが、EBCは電子ビームで膜素材を蒸発させています。

─── より一般的なコーティング技術に比べて、ここが優れているという違いは。

●片桐:他社比較ということは一概にいえないのですが。EBCは微妙な特性を持つ多層膜を「独自の技術で実現している」としておいてください。

─── マルチコート(多層膜コート)はそれ以前のモノコート(単層膜コート)に比べて、どういう点が優れているのでしょう。

●大野:さまざまな光の波長に合わせて、最適の反射防止膜を形成できるという点ですね。これは透過率を上げる、反射を減らすという役割のほかに、可視光の波長域内で、カラーの発色を厳密に管理できるという重要な意味があります。


 今回の取材では実際のコーティング工程が見学できるかと期待したのだが、これはかなわなかった。総務部の天野さんのお話では、この処理は別の工場で行われているという。「真空の容器のなかで処理しますから、研磨と違って観ても面白くないですよ」というが、やはり“観る人がみれば分かる”秘密がいっぱいあるらしい。日進月歩のレンズコーティングは最先端のナノテクノロジーでもある。



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コーティングの色はレンズに蒸着された素材の固有の色であり、異なる素材を複数の層に重ねたのがマルチコート。反射防止性能が高いコーティングほどレンズ面に映る像は暗く、暗黒に近いという。このレンズはEBCフジノンではなく、筆者が所有する某ドイツ製中判カメラ用レンズ。同一メーカーのレンズでもコーティングの色は微妙に違うことが多いが、これはガラス素材の性質や光学設計に合わせて蒸着層を変えているため。

 ─── フジノンは商業写真撮影の現場で数多く使われていますが、スーパーEBCとの関連はありますか。

●片桐:弊社ではGX680(スタジオで多用される中判カメラ)などのプロ用カメラも手がけています。こうした製品に対応する交換レンズが多くありますので、微妙な色を正確に再現するためにEBCで波長の偏りをシビアに補正しています。

●大野:レンズにはガラス素材や膜そのものに特定の波長を吸収する性質があって、これを踏まえて設計しないと色の再現性が保てません。大判や中判用交換レンズなどは、CCI(カラー・コントリビューション・インデックス*)で相当狭い領域に収めて管理しているので、どのレンズを使ってもカラーバランスは変わらないはずです。

─── そうすると、EBCなどのマルチコートはどんなレンズにも唯一最良の手段なのでしょうか。

●大野:理論的にはそうですが……実際には必ずしも絶対といえない部分もあります。商業写真に用いられる大判カメラ用レンズなどでは、厚みのある光学ガラスのために色が偏る。そういうときはモノコートを入れて色を揃えます。あとは樹脂製レンズを使う製品など、コスト制限が厳しい場合もそうですね。

●片桐:もちろん性能面ではフジノンの基準を満たすよう設計しています。

─── スペックに現れない部分にベテラン設計者の経験が活かされるわけですね。



*注)光学系を通過した光の色相を数値化したもので、レンズの色再現を評価する指標として用いられる。RGBの三つの軸を持つグラフ上の分布で表され、中央に近づくほど特定の色に偏らないニュートラルな色再現となる。


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プロ用中判カメラレンズなどに使われるエレメント群。ガラス素材は光の波長に応じた反射率や分散・吸収性などを考慮して選定される。これはコート処理を施す前のもの。

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