東京ヘリテージ Vol.2
東京天文台〜武蔵野で星を観た日〜 −後編−

 文・写真/中山慶太 2001年9月掲載

§日本最大の屈折式レンズを観る§

 東京天文台見学のハイライトは、なんといっても『大赤道儀室』だろう。
 なぜかというと、ここには日本で最大の口径を誇る屈折望遠鏡があるからだ。
 キカイに憧れる年頃のお子様たちのあいだでは、カメラのレンズや望遠鏡は「でかくて長い」方がエライと決まっている。なぜかといえば、覗いたときに遠くのものが大きく映るから、という理屈より、大砲のような逞しい外観にある種の神性が宿るからだ(と思う)。
 だから男の子がカタログを集めて嘆息するカメラというと、いわゆる『長玉』が付いた一眼レフカメラであった。だがじっさいにカメラを持って写真を撮りはじめると、そういう装備は滅多に、というかほとんど出番がないことを知って失望する。アフリカの原野ならともかく、日本の街なかで超望遠レンズなぞ付けて歩けば白い目で見られるのがオチである。
 だが、天を仰いで据えられた天体望遠鏡は話が別だ。この世界では巨艦大砲主義の神話が生きている。なぜって、遙か彼方の天体を観測するには、でっかくて長いことに必然性があるからだ。
 三鷹の大赤道儀室に設置された望遠鏡は、観測用の主鏡が口径65cm。写真撮影用の副鏡が口径38cm。どちらも焦点距離10m、写真機材風のいい方をすれば『超々望遠いちまんミリ』である。なお、主鏡の口径比はf=15。一眼レフに装着すればファインダーは間違いなく暗黒星雲だが、この焦点距離としてはとんでもなく明るいレンズだ。
 だが、巨艦大砲主義には落とし穴もある。超望遠レンズを覗いたひとならすぐに理解できることだが、レンズは焦点距離が長くなるほど画角が狭くなる。つまり僅かな角度のずれにも敏感なのだ。
 このため三鷹の超望遠レンズは、レンズ鏡胴より遙かに太い支柱で支えられている。この支柱が望遠鏡と一体となって動き、精密に天体を追尾する『大赤道儀』のメカを形成(注1)しているのである。

 この望遠鏡はドイツのカール・ツァイス・イエナ社(現在のカール・ツァイス財団)が製造し、三鷹には1930年に設置された。ツァイスは写真用レンズや眼鏡など、広範な光学機器を製造しており、特に天体望遠鏡やプラネタリウムなどの天文分野では昔から第一人者として知られる。その高性能は優秀な光学設計と研磨技術だけでなく、グループ会社でもあるショット社の優れた硝材に依るところも大であるという。どれも戦前の日本では望んでも得られぬものであった。
 ところで天文台でいただいた資料には「屈折望遠鏡としては国内最大」と記されている。これは天体望遠鏡の光学設計の主流が、初期の屈折式から反射式(反射屈折式=(注2)に変化したためだ。東京天文台も反射式ではこれを遙かに上回る大口径の望遠鏡を有している。


注1)赤道儀とは「地球の自転軸に平行な回転軸(極軸)と、これに直角の回転軸(赤緯軸)を持ち、天体の日周運動に合わせて自動的に回転追尾するメカニズムを有する天体望遠鏡」を意味する。前編では天体望遠鏡を支えるメカと書いたけれど、これは誤りです。


注2)反射式(反射屈折式)光学系=通常のレンズは光を透過するレンズのみを用いる屈折式だが、これの一部を反射鏡に置き換えたものを反射式(レフレックス)レンズと呼ぶ。原理は旧く、1639年にメルゼンが開発したものという。光軸は鏡胴内部で折り畳まれて往復するため、大口径・長焦点のレンズを、特に全長を短縮したコンパクト設計で実現でき、原理的に色収差が少ないという長所を持つ。初期にはミラー主体のレンズ設計が試みられ、のちに屈折光学系と合わせた『反射・屈折式』(カタジオプトリック光学系)が主流となった。現在の一眼レフカメラに用いられるミラータイプの超望遠レンズも原理はおなじ。

拡大表示-->
大赤道儀室は大正15年の建設。
いっけんそう旧く見えない外観だが、ドームとそれを支える円柱形の躯体のみがオリジナルで、おそらく手前の建物は後年に増築されたものだろう。
20mmF2.8 絞りF8 1/60sec. fujichrome Velvia (RVP)



拡大表示--> 
ドーム内部。
円蓋の内側はやはり木製で、このスケールの半球形木造建築は他に類をみないのではないか。中央に据えられた屈折式望遠鏡は二本を束ねて巨大な一本脚が支え、赤道儀を構成する(周囲の構造材は営繕工事用の足場)。
外周には見学者向けのディスプレイが並ぶ。
20mmF2.8 絞りF5.6 1/8sec. fujichrome Astia (RAP)




拡大表示--> 
こういう撮り方をすると小さく見えるけど、望遠鏡の焦点距離は10m。人の背丈の5倍以上の長さである。
20mmF2.8 絞りF5.6 1/2sec. fujichrome Velvia (RVP)
<--Back前編へ   Next-->


Webmaster :
ammo@tokyo.fujifilm.co.jp
Copyright :
マカロニ・アンモナイト編集部