webマガジン「マカロニアンモナイト」月刊特集
シリーズ 写す人 第一回
「創造の記憶」(前編)
株式会社タミヤ社主・田宮 俊作氏

文/写真:中山慶太
取材協力・写真提供:株式会社タミヤ
1 2 3 4 5 6 7 8 2002年1月掲載


§ 見えない部分を再現する意味 §

 昭和30年代半ば、それまで木製の艦船模型を手がけていた田宮商事を巨大な津波がおそった。いわゆる“プラモデル”の上陸である。戦前の英国で発案され、戦後の米国で発展した「プラスチック素材を使ったスケールモデル」は、それまでの常識を覆す精密なディテール表現を可能にし、しかも組み立てが容易で大量生産も可能という利点を持ち合わせていた。

 窮地に立たされた田宮氏は「まったくの手探りで」プラスチックモデルの開発製造に乗り出し、やがて大きな成功を収めるのだが、このサクセスストーリーはもちろん一夜にして描かれたものではない。そこには高価な精密金型を自社で製造するという、当時としては前代未聞の試みがあったことは有名な逸話である。

 そして精密なスケールモデルへの挑戦には、ひとつの避けて通れない道があった。よりリアルな表現のための実機(実車)取材である。


「はじめて実物の戦車を取材したのは、1966年に米国出張した折りでした。メリーランド州のアバディーン戦車博物館ですね。露天に見渡す限り並んでいる実車に興奮して、もう夢中で写真を撮りました」途中でフィルムが足りなくなって、あわてて買いに走ったそうだ。

 その取材の顛末を記した田宮氏の著書を読んだ筆者には、ひとつ疑問があった。戦車の底面を撮るため、地面との隙間に潜ったというあの話である。

「いや、実際に這いずって撮ったのです。でもどうしてもクリアランス(車体底面と地面との隙間)が狭い場合には、カメラにひもを付けて投げ、セルフタイマーでシャッターを切ったりしました。……まあ被写体との距離が近すぎて、とても綺麗には写せませんでしたけどね」

 実車をそこまで精密に再現しても、戦車の底面の正確な資料が公表される可能性はほとんどない。模型ファンが検証できない部分を再現する意味はあるのだろうか。
「だって、模型を手にとって他の部分が精密に再現されていても、底だけがつるりとのっぺらぼうだったら白けるでしょう」

 なるほどそういうことか、とひと言で済ませるわけにはいかない。愛好家が信頼を寄せるのは実車に取材して検証不能な部分を「意地でも再現する」メーカーの姿勢である。つまりスケールモデルの究極のありようとは、いかに造り手を納得させ、信頼されるか、ということなのだ。

「底面に打たれたリベットの形状、位置、数。そういう部分をきちんと再現していくと、戦車そのものの設計思想が見えてくることがありますから」実際に、それまで知られていなかったエスケープハッチ(緊急脱出口)を発見したときは、日本と欧米の思想の違いに考え込まされたという。

「あるとき、大戦中に日本の戦車を設計した方にお会いして“なぜエスケープハッチを造らなかったんですか”と訊いたんですよ。そうしたら、“いや田宮さん、設計図面にはあったのだけど製造段階ではしょられたんだ”と。辛い話ですね」

「戦車の内部を撮るときも苦労しました。カメラをまともに構えると“引き”が取れないから、壁面に押しつけて撮らなければならない」つまりノーファインダーである。「ピントを正確に合わせるにはコツが必要でしたけど、最近の取材は(オートフォーカスなどの)カメラの自動化で、ずいぶん楽になったはずですよ」


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1967年のイスラエル、田宮氏は中東戦争で「ろ獲」された旧ソ連製戦車T34を取材した。平和な街に戦車が置かれている風景ではない。戦車が存在して不思議はない程度の「平和」なのだ。
(撮影:田宮俊作氏)








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おなじく、イスラエルのT34。この型式の車両は第二次大戦で開発されたもので、高性能な戦車を配備するドイツ軍を敗退に追い込んだことで有名。大戦後はエジプト軍に供与され、砂漠のカーキ色に塗られた。
(撮影:田宮俊作氏)









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時代も場所も上の二枚と異なるが、手前の車両は中東戦線を戦った戦車である。エジプト軍のマーク? 戦車マニアならすぐに型式を言い当てるはずだが、筆者にはわかりません。ごめんなさい。
(撮影:田宮俊作氏)
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