webマガジン「マカロニアンモナイト」月刊特集
シリーズ 写す人 第一回
「創造の記憶」(後編)
株式会社タミヤ社主・田宮 俊作氏

文/写真:中山慶太
取材協力・写真提供:株式会社タミヤ
1 2 3 4 5 6 7 8 2002年2月掲載


§ タミヤのF1コネクション §

 タミヤ本社を訪れたひとの多くは、広々としたロビーに展示される二輪や四輪の名車に目を奪われた経験をお持ちだろう。なかでもひときわ輝いているのは、タミヤの看板商品のひとつであるF1マシンの実車である。

 キャリアの長いF1マニアなら、異形の6輪車『タイレルP34』との再会に喜ぶはずだし、若いファンはミカ・ハッキネンが駆ったロータスの前で足を止めるかもしれない(一時はサトル・ナカジマのティレル020が展示されていたこともあった)。タミヤはこうしたマシンをモデル化しただけでなく、F1レースの世界と密接な関わりを持ち続けてきた。

 もちろん田宮氏もF1モデルの企画や取材、設計に携わられている。 “タミヤの初代F1マシン”であるホンダRA273は1967年の発売だが、当時としては異例のサイズ(1/12スケール)と充実した内容は、大げさでなく、世界のモデル界にショックを与えたものだった。

「あのマシンのモデル化はなかなか大変だったのです」と、田宮氏が言葉少なに語る理由は、レースに向けての空輸直前、ごく短時間に取材が行われたという苦労によるものだけではない。氏の著書にも詳しいが、実は当時のホンダ内部から極秘図面の提供があったからなのだ。

「当時の関係者は皆さんリタイアされていますから、もう時効なのですが……。あのマシンのモノコック中央部は、うちのモデルで完璧に再現されていました。短時間の取材で写真を撮っただけでは不可能なことです。だからホンダの内部でも大問題になりかけた。内緒で資料を見せてくださった方をはじめ、まあエンジニアには模型好きの方が多くて事なきを得たのですが」

 企業秘密をリークさせてまで、模型づくりに協力する。日本の企業風土ではなかなか考えにくいことである。だがそれもホンダという企業のスピリットだったかもしれないし、またある意味で大らかな時代だったということなのだろう。

 その当時は“ナショナルカラー”(家電メーカーのスポンサーじゃありません、国別に決められたボディカラーです)をまとっていたF1も商業化が進み、華やかなスポンサーカラーに彩られる。そして現代のF1は最先端の空力パッケージと、超高度なメカトロニクスの固まりとなったのだが、タミヤのF1モデルはその歴史の流れを見事に描いて見せた。

 長いF1の歴史には、もちろん、栄枯盛衰の悲哀もある。数々のチームが現れ、消えていったのだ。タミヤは英国の名門チームと長いつきあいを続け、90年代にはその最期を看取ることになる。

「ロータスへの協力の件ですか? ええ、あれは確かに単なるスポンサードの枠を超えたものでした。模型メーカーとしての立場では、トップレベルのマシンをモデル化しなければビジネスになりません。(ロビーに展示された)101シャシーなんて、マクラーレンよりストレートで50km/hも遅いし、だいたいアメリカ遠征に行く直前に“資金が2000万円足りない、なんとかしてくれ”なんて泣きついてくるんですから、勝てるわけありませんよ」

 それでも支援を続けたのは、田宮氏自身ロータスに特別な思い入れがあったからなのだろうか。

「まあ、最後の頃は大変だったけど、良いチームでした。家庭的でね。鈴鹿でレースがあるときはうちの会社に立ち寄って、ミカ(・ハッキネン)やジョニー(・ハーバート)なんて、女子社員にサイン責めにあっても嫌な顔ひとつしなかった」

 日本がバブルで沸き立つころ、F1をスポンサードした企業は数多い。だがタミヤがそうした企業と違うのは、ビジネスを超えた信頼関係を築いたことである。だから田宮氏がサーキットを訪れれば、バーニー・エクレストン(F1興業の統括団体であるFOCAの責任者)から声を掛けられ、臨時のパドックパスをその場で発給してもらえるという。それもF1ファミリーの一員として認められていればこそだろう。

「(最近のF1の)取材は厳しいですよ。事前に許可をもらってレースのパドックを訪れても、メカニックは神経をとがらせていて、写真も思うように撮らせてもらえません。だからレースの合間にファクトリーを取材します。そうすると、“こんなところまで見せて良いのか”という部分も写真に撮らせてもらえる。けっきょく彼等も模型好きなんですね」

 余談だが、ロビーに飾られた黒いロータスはモデル化されていない。訊けばロータスとの長年の信頼関係の中で入手する機会を得たものという。提示されたリストから田宮氏の好みで選んだというそのマシン、ロータス91は特に華々しい戦績は残していないが、フランス人のジェラール・ドカルージュがデザインした流麗なマシンで、なかなか渋いチョイスだ。お金持ちのコレクターに私蔵(死蔵?)されることの多いF1マシンのなかで、極東のホビーの殿堂でファンに無料公開されるという余生は、このクルマにとって幸せではないかと思えるのである。


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タミヤ本社ロビーには、同社がモデル化のために購入した二輪、四輪車やレーシングカーが並ぶ。
手前のF1は有名なタイレル(ティレル)P34シックスホイーラー、その向こうはロータス91。隣接するタミヤ製品の展示とあわせて見学すると、こうしたマシンも“実物大スケールモデル”に見えてくる。









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タミヤが正式にスポンサードしたロータス101。
1991年シーズンのロータスはチーム力が低下し、資金的にも苦しい時期にあった。余白の多い車体塗装はその台所事情を伺わせるが、むしろ現代のF1が失った高潔なスピリットを感じさせて清々しい、というのは筆者のひいき目か。右のエンジンはこのマシンにテスト的に積まれたいすゞ製の試作V12で、いすゞの厚意によりここに展示されているもの。エンジン音を聴いてみたい。











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本社ロビーの展示はバラエティに富み、観るものを飽きさせない。巨大な『ドラえもん』は実際のレースに参加したソーラーカーの「ソラえもん号」で、小学館からこれをモデル化したタミヤに貸与されている。展示車輌にはときどき入れ替わりもあるそうだ。
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マカロニ・アンモナイト編集部