webマガジン「マカロニアンモナイト」月刊特集
「ひんやり熱いガラスの話」前編

取材・文/中山慶太(序説)+河野朝子(体験記) 写真/中山慶太
1 2 3 4 5 6 7 1997年6月掲載



§ ひんやり熱いガラスの話(前編)§

べてのモノには触感と体温がある。おなじ環境にあっても質量のある金属はずっしり冷たく、上質のリネンはさらりと冷ややかで、目のつまっていない木材はスカスカして生ぬるい。硬度も重要だ。たいがいのモノ好きはおなじような素材なら硬いモノを好む傾向があって、だからあえて機能には眼をつぶっても金属製カメラに走ったりする。

 だからある種のモノ好きは、姿カタチだけでその価値を推し量ることをしない。彼らは、まずそっと指先で触れてみる。その筋のひとは、これを『オタクの触診法』と呼ぶらしい。赤瀬川原平さんによれば、ヒトの身体にまさる温度センサーはないそうで、それも唇がもっとも感度が高いという。そこで赤瀬川さんはカメラ部材のチェックをするとき、ひと眼を避けつつカメラに接吻しているらしい。さらにレンズを分解して「う〜ん、この温度差は複合非球面レンズだ」と呟く、なんてことはないだろう(と思う)。

 
モノづくりの技術がいろいろな意味で発達した昨今、モノが本来あるべき衣装をまとっていない、と嘆く声をよく耳にする。今回はそういう好事家のために、余人を以て代え難いモノの話をしよう。人類が見いだして五千年、未だ確たる代用品が見つからぬ“ガラス素材”のお話である。




瀧波硝子株式会社社長 瀧波敏夫氏

「ガラスは何色だか、知っていますか?」と、目の前の紳士が機先を制して質問を投げかけてきた。え、ガラスって無色透明じゃないですか。いやいや、と、紳士は首を横にふる。

「ガラスにもいろいろ種類があります。わかりやすく分類すると、ソーダガラス、クリスタルガラス、それにいわゆる耐熱ガラス。この分類は、さらに成分や製法によって細かく分けられます」

 そう言って傍らのガラス塊を手に取ったのは、東京・台東区で瀧波硝子(株)を経営する瀧波敏夫さんである。瀧波さんの会社は、ガラス製品の製造を手がけて今年でちょうど百年になる。その老舗の三代目である瀧波さんは、突然訪れた門外漢に快くガラスの講義をしてくださった。

 瀧波さんによれば、多種多彩なガラスは建材、容器、食器などの用途に応じて使い分けられるのだという。やはり観賞用のガラス器などがいちばん高価な素材を使うんですか、と聞くと、「いや、あなたが持っているカメラのレンズ。そこに使われる光学ガラスがいちばん高いですね」と言って笑った。


「ガラスの主成分は珪砂と呼ばれる鉱物。純度の高いガラスは透明に近づきますが、普通はどうしても不純物が混じって色が付く。光学ガラスやクリスタルガラスは、その固有の色を取るために鉛などの金属を混ぜる」のだそうだ。最近は鉛の害が問題になっているので、チタンを混ぜることも多くなったという。金属を混ぜたガラスが透明度を増すというのは摩訶不思議な感じもするが、瀧波さんによれば「透明度を高めるだけでなく、着色するのにも金属(粉)を使う」という。

「たとえば赤を出したければ金や銅、セレニウムを混ぜる。青はコバルトや銅。紫はマンガンなどを使います。おなじ系統の色でも、使う金属によってそれぞれ微妙に色合いが違う。以前イタリアのヴェネツィア・グラスの工房で“金赤(金を使った高貴な赤)”と称しているものがあったけど、実はセレニウム。おいおい違うだろ、って怒ってやった」

「それから、この黄色いガラスは……」と、瀧波さんは先ほど手にしたガラス塊(実は時計が埋め込まれたオブジェ)をこちらに示す。「ウ○ニ○ムを使っているんですよ」。え、ウ○ニ○ムといえばあの危ない。そうそう、今は規制があって入手困難だけど、うちの工場で在庫が少し残っていたので、ちょうどいい、創立百周年の記念品に使っちまおう、ってね」そう言って笑う瀧波さんは江戸っ子の素顔をのぞかせる。ガラスの話をしているときは、楽しくて仕方がないらしい。



 恥を忍んで告白すると、私は今回の取材に訪れるまでガラス産業なるものが東京にあるとは知らなかった。ところが墨田区や江戸川区などの一帯には、今もガラス工場や工房が数多く存在する。今も、と書いたのは最盛期に比べて数が減っているからなのだが、れっきとした地場産業なのである。なかでも瀧波硝子はもっとも長い歴史を誇るだけでなく、社屋の一部をギャラリーや博物館、そしてガラス工芸が気軽に体験できる工房を併設し、広く一般に解放する最大手である。誇張でなく、そのスケールはもはや“ガラスの私設テーマパーク”だ。取材では熱気あふれる(精神的にも、物理的にも)ガラス工場を見学することができたが、こちらも従来の3K職場のイメージを脱却した最新設備を持つものだという。


 瀧波さんの会社のビジネスは“ガラス工業と工房の中間的な規模”らしい。たとえばカットグラスひとつとっても、職人の手吹きによる一品生産から金型成形による大量生産までいろいろなつくり方がある。瀧波硝子ではその両方を手がけるけれど、低コストが売り物の量産品よりも造形や品質などの技術を重視しているという。「安価な製品はよそ(東南アジアなど)にまかせておけばいいでしょう。それよりも職人の技を残していかないと」

 ガラスを趣味にするひとも、もっと増えるでしょうか。「ガラス趣味といってもいろいろあるけど、若いひとはただコレクションするだけじゃ面白くないでしょ。でもガラス工芸はいろいろ設備が必要だから、ふつうのひとには縁がない。それよりも、もっと気軽にガラスに親しんでもらいたい。だからうちでは、ガラス器の手吹きやサンドブラスト(細かいガラス粉を高圧で吹きつけて表面を梨地仕上げにする加工技術)などを体験してもらえるようにしています」



 先にも述べたが、ガラスは代用が利かない素材だ。今世紀に入って発明された有機ガラス(アクリルやポリカーボネートなど、いわゆるプラスチック系素材)は衝撃に強く、加工性にすぐれ、しかも軽い。透明度だって充分だ。だが、肌を近づけるだけで伝わるひやりとした感触、そして手にした時の確かな手ごたえは、ガラスにしか求められない。早い話、プラスチックのグラスでギムレットを飲むフィリップ・マーロウが想像できるだろうか?

 さて、理屈はこのへんにして、マカロニアンモナイト編集部員が熱気あふれる工房でガラス工芸にチャレンジした体験記をお読みいただきたい。取材を終えた感想は「やはり職人は偉い」ということで、後編ではさらにディープなガラス職人を訪ねる予定です。



月刊特集「ひんやり熱いガラスの話」

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