マカロニアンモナイト
webマガジン「マカロニアンモナイト」月刊特集
『ひんやり熱いガラスの話』-後編-


取材・文・写真/中山慶太
1 2 3 4 5 6 7 1997年7月掲載


 その工房は東京の東の端、江戸川区篠崎にあって、屋号は『篠原風鈴本舗』という。シノハラフウリンホンポ、という響きが泣かせる。

 取材当日は台風で大荒れだった。吹き飛ばされそうになりながらたどり着いた建物は、どこか懐かしい民家風の外観。手前の(道路に面した)工房の戸をたたくと、中から職人姿も鯔背(いなせ)な中年男性が私を迎えてくれた。当家三代目になる篠原裕さんである。

「雨が吹き込むので、火を落とそうと思っていたんですよ。先に吹くところをご覧になりますか」

 工房の内部はおよそ十二畳ほどの土間で、真ん中には石造りの窯がしつらえられ、炭火の熾が赤い舌を覗かせている。篠原さんの言葉に見上げれば、おそらく熱気抜きのためだろう、天井の吹き抜けに隙間があるらしく、折からの強風で疎らな雨粒が落ちてくる。吹いたガラス球に水滴があたれば破裂する危険がある。急いで撮影させてもらうことにする。

 篠原さんが炉のふたを開けると、丸い開口部から溶解したガラス素材(ソーダガラスに板ガラスを混ぜている由)が覗く。その色はすでに赤色を通り越し、白に近いオレンジ色である。物質を熱すると最初は赤く、次にオレンジが薄くなり、やがて青味がかった白になる“色温度”の概念は、写真に興味のある方ならご存知だろう。すなわち炉の中身は摂氏千五百度近い高温という。窯から1メートル離れていても、その強烈な熱気は容赦なく伝わってくる。

 目の前で、直径1センチ、長さ1メートルほどのガラス管が炉の中に差し込まれる。強く握れば割れてしまいそうな繊細な管を篠原さんは慣れた手つきで操り、溶けたガラスを先端に巻つけては少し吹き、再度巻つけて大きな球に吹く(最初のガラスは風鈴の開口部から下の部分で、最後に切り落とされてしまう)。ある程度の大きさに吹いたら管に針金を差し込み、球の上端に穴を開ける。もちろん、風鈴を吊る紐を通す穴だ。吹く角度を微妙に調整しながら、拳(こぶし)大になったところで根元から鋏で切り落とす。切り落とされた直後の球はエッジに赤味が残るが、すぐに透明になる。

 ひとつの風鈴を吹くのにかかる時間は、およそ2分といったところだろうか。「むかしの職人はもっと手が早かったようですが」と篠原さんは謙遜するが、どうして、一挙手一投足に隙がない。というか、すべての動きが次の動作に無駄なくつながっていく。



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・篠原風鈴本舗 工房内部










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・篠原 裕さん










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・窯に熾が赤々と映える
月刊特集「ひんやり熱いガラスの話」

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