マカロニアンモナイト
webマガジン「マカロニアンモナイト」月刊特集
『ひんやり熱いガラスの話』-後編-


取材・文・写真/中山慶太
1 2 3 4 5 6 7 1997年7月掲載


 だが。風鈴づくりのマイスターたる篠原さんは、他の国でつくられた品を批判することを良しとしない。むしろ、そうした製品の流入が転機になった、という。

「数や値段ではなく、別の価値を求めるようになった。とにかくうちでなければできないことをやろう、と」そのひとつの例が音色だ。篠原さんのつくる風鈴には、輸入品と明らかに違う特徴がある。手に取ってみればわかるが、垂直断面が不均一で、下側の開口部も滑らかでない。工業製品としては一見ラフな仕上がり。だが、ここに江戸風鈴の音色の秘密がある。

「ガラスのタンブラーなどをたたいてみればわかりますが、均一に仕上げられたものは音が単調なんですね。江戸風鈴の音色はもっと多彩です。チリリン、のなかにいろいろな表情がある」

 垂直断面が不均一(水平断面は均一)という構造は、寺院の鐘にも通じるものだ。つまり、共鳴周波数が一様でなく、倍音の分布が複雑である。サスティーン(音の伸び)も一様でない。もちろん下手な細工では濁った音になったり、強度が落ちたりする危険もあるが、独特の澄んだ音色と製品としての強度を両立させているのは熟練の技術と勘のたまものだろう。また、未仕上げの開口部の引っかかりが音に表情を与えている点も見逃せない。

「最近は大手のデパートからも引き合いがありますが、(開口部の)仕上げにクレームがつくこともあります。お客さんが手を切ったら困る、と。でも、ここを滑らかに仕上げたら江戸風鈴じゃなくなる。それに一見ギザギザでも、実は熱で丸まっているから危なくないのです」とかくマーケティング主導といわれる現代の日本にも、“うちはこれでやってるから”と胸を張って言える職人がまだいるのである。

 篠原風鈴本舗には、現在4人の“吹き手”がいる。江戸川区の無形文化財に叙せられる父親の儀治さんはまだ現役だし、裕さんの下にもふたりの職人がいる。取材当日は皆さん出張中(日本中から絵付けなどの実演を乞われるそうだ)であったが、いちばんの若手はハタチそこそことか。

「突然“やらせて欲しい”って入ってきて。ずっと以前に見学した時から憧れてた、って言うんだけど、本当かなあ。最近の若いひとは、売り込みの術に長けてるから」そう言って笑う篠原さんだが、内心まんざらでもないらしい。でも、世代が変わると考え方も変わりますよね。どういうふうに指導するんですか?

「職人の技術は教わるもんじゃねえ、盗んで覚えるもんだ、って、今はそんな時代じゃないですから。基本は教えますね、やっぱり」はあ……最近の若い人って、苦労したがらないでしょう。

いやいや、伝統工芸の技術は完成されていますから。手を抜こうとしても抜けません。抜けばはっきり仕事に出てしまう。だからじっくり取り組まざるを得ないのです」

 この工房では朝の5時に窯に火を入れ、夜の10時に火を落とすまで交代で作業を続けるという。それで製作量は1日およそ6百個。10日で6千個。しかも売れる季節は夏に集中している。最近は篠原さんたちのアイデアで、1年中楽しめるデザインも工夫されているけれど、やはり風鈴は季節商品に違いない。決して楽な仕事ではないと思うのだが。

「私は小学生の頃から吹いてきましたから。大学にも行かせてもらったのですが、周囲が学生運動に明け暮れている時にも、授業がなくなればさっさと帰宅して吹いていました。それでもぜんぜん飽きないし、やり尽くしたという達成感もない。まだまだ、ですね」風鈴が好きで仕方がないし、“日本人のDNAには風鈴を愛でる心が刻まれている”と言い切る。これはやっぱり、うらやましい限りではないか。



→拡大表示









→拡大表示









→拡大表示











→拡大表示
月刊特集「ひんやり熱いガラスの話」

<--Back   Next-->




表紙へ特集目次へ

このページへのリンクについて
Copyright :
マカロニ・アンモナイト編集部