マカロニアンモナイト
webマガジン「マカロニアンモナイト」月刊特集
『ひんやり熱いガラスの話』-後編-


取材・文・写真/中山慶太
1 2 3 4 5 6 7 1997年7月掲載


§ ひんやり熱いガラスの話(後編)§

「スイカ前線って知ってる?」と、彼女はいつものように唐突に話を切り出した。何だそりゃあ、桜前線なら知ってるけど。だいたいスイカなんて、今日びのスーパーなら1年中売ってるじゃないか。

「違うのよ、それが。冬場に売ってるスイカは温室栽培で、初夏から出回るのは露地栽培。その露地ものの産地が、どんどん北上していくわけ」彼女はそう言って傍らの窓に軽く息を吹きかけ、指先でくるりと円を描いた。

「最初は熊本でしょ。それから島根、鳥取ときて、お盆のころには地元の三浦スイカ。あとは茨城とか、栃木とかね。最後は福島あたりまで行くみたい」

 ふうん、いちいちシールで産地を確かめて買うんだ。ご苦労さまだね。僕はそう言って、フロントガラス越しに見えるテールランプの明滅に注意を戻す。こういう気のない返答に、いつもなら横からひりひりと痛い視線が戻ってくるのだけれど、その時は違った。彼女は窓の外を見つめたまま、言葉を続けたのだ。

「アタシ、お盆を過ぎると途端にスイカに興味がなくなっちゃうの。あれほど好きだったのに。何でなんだろ」

 そういえばそうだ。8月も半ばを過ぎると、もう花火とかやってもわくわくしないもんな。残暑が続く日にも夕方にちょっと寒い風が吹いたりして。

「そう、まぶしい季節が終わる、そんな時よね」彼女はふうっと息を吐いて、先ほどの円の下に小指で長方形を描き足した。「チリリン、と風鈴の音が胸に沁みるのは」

 スイカと風鈴のない夏は、日本の夏ではない。そんな古風な強迫観念を持つ私だが、軒下に風鈴を吊らなくなって久しい。マジメに考えると、理由は住環境にある。だって集合住宅だもんね、近所から苦情がきたら困るでしょ。それに夏はエアコン入れてるから、窓は開けない。風情がないことおびただしいが、今や東京周辺の住宅事情はおおむねこうなりつつあるんじゃなかろうか。















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「もはや東京に夏はないか、う〜ん」

 例によって窓越しに銀杏並木をながめていると、編集部員が耳寄りな情報を持ってきた。いわく、東京はもともと風鈴のメッカだった。その名も『江戸風鈴』という。おいおい、お江戸にメッカのとり合わせはあんまりじゃないか、と諭すのも忘れてくわしい話を聴く。江戸風鈴とは、古式ゆかしき手吹きガラスの風鈴である。明治から昭和初期にかけて墨田区一帯で盛んに作られていたが、手間のかかる職人仕事の例にもれず櫛の歯が欠けるように減っていった。正真正銘の『江戸風鈴』を作る工房は、今や一軒を残すのみという。

 最後の一軒、と聞いては見逃せない。早速その工房にアポイントを取り、取材に赴く手はずを取った。絶滅の危機に瀕した稀少動物を見る好奇心、または野次馬根性がなかったといえば嘘になる。

月刊特集「ひんやり熱いガラスの話」

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