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§ ひんやり熱いガラスの話(後編)§
「スイカ前線って知ってる?」と、彼女はいつものように唐突に話を切り出した。何だそりゃあ、桜前線なら知ってるけど。だいたいスイカなんて、今日びのスーパーなら1年中売ってるじゃないか。
「違うのよ、それが。冬場に売ってるスイカは温室栽培で、初夏から出回るのは露地栽培。その露地ものの産地が、どんどん北上していくわけ」彼女はそう言って傍らの窓に軽く息を吹きかけ、指先でくるりと円を描いた。
「最初は熊本でしょ。それから島根、鳥取ときて、お盆のころには地元の三浦スイカ。あとは茨城とか、栃木とかね。最後は福島あたりまで行くみたい」
ふうん、いちいちシールで産地を確かめて買うんだ。ご苦労さまだね。僕はそう言って、フロントガラス越しに見えるテールランプの明滅に注意を戻す。こういう気のない返答に、いつもなら横からひりひりと痛い視線が戻ってくるのだけれど、その時は違った。彼女は窓の外を見つめたまま、言葉を続けたのだ。
「アタシ、お盆を過ぎると途端にスイカに興味がなくなっちゃうの。あれほど好きだったのに。何でなんだろ」
そういえばそうだ。8月も半ばを過ぎると、もう花火とかやってもわくわくしないもんな。残暑が続く日にも夕方にちょっと寒い風が吹いたりして。
「そう、まぶしい季節が終わる、そんな時よね」彼女はふうっと息を吐いて、先ほどの円の下に小指で長方形を描き足した。「チリリン、と風鈴の音が胸に沁みるのは」
スイカと風鈴のない夏は、日本の夏ではない。そんな古風な強迫観念を持つ私だが、軒下に風鈴を吊らなくなって久しい。マジメに考えると、理由は住環境にある。だって集合住宅だもんね、近所から苦情がきたら困るでしょ。それに夏はエアコン入れてるから、窓は開けない。風情がないことおびただしいが、今や東京周辺の住宅事情はおおむねこうなりつつあるんじゃなかろうか。
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