■月刊特集 §創刊1周年記念スペシャル・エディション§
『ステレオ写真のススメ(後編)』


文・写真/中山慶太 1998年1月掲載  

§ステレオ写真の歴史§

 ステレオという言葉は、ギリシャ語で“実体的な”を意味するステレオス(Stereos)から派生している。

 この言葉が“立体的な”という意味で使われたのは、19世紀のことである。人間の視覚の研究によって生まれた『ステレオスコープ』の原理は、実は銀塩写真の発明前から発見されていたのだ。

「1949年になるとスコットランドのダニエル・ブリュースターによって『ステレオ・スコープ』が発明され、湿板写真以降ようやく『立体』に見合う写真と装置が現れた。1856年、イギリスの光学機械製作者ジョン・B・ダンサーがステレオ・カメラの特許を取ってからはこの装置は一挙に広まり、1860年代には爆発的なブームを呼ぶことになる。当時の家庭では、一家で何十枚、何百枚もの立体写真を持っており、それをステイタス・シンボルとして誇らしげに友人に見せていた」(『カメラ・ギャラリー』中川邦昭著、美術出版社)

 このブームは写真趣味の一分野として定着し、少なくとも一世紀にわたって継続する。しかしステレオ写真の技術が真価を発揮したのは、むしろ地図作製のための測量や軍隊の飛行機による偵察、そして爆撃照準の世界であったかもしれない。もちろん一般的な写真の世界でもこの鑑賞法は多くの愛好家を生み、世界中のカメラメーカーはこぞって専用の写真機を発売した。その名残りは、今でも中古カメラ店のショーウインドーに見ることができる。2個のレンズが平行に突き出した風変わりな横長の写真機は、ビンテージ・カメラを扱う店ならまずたいがいは陳列棚の片隅に飾られているはずだ。こうしたステレオ写真機はそのほとんどが輸入品で、国産のカメラにお目にかかることは滅多にない。外国製レンジファインダー機のコピーから一眼レフ路線をまっしぐらに突き進んだ発展途上の日本のメーカーに、ステレオ写真機に手を出す余裕はなかったのだろうか。

 こうした写真機はフィルムさえ入れば(つまり、その規格のフィルムが製造中止になっていなければが)現在でも立派に役に立つし、探せば専用のビュアーやステレオ・プロジェクター(!)も見つけることができる。いや、かつてはステレオ写真に冷淡だった日本のカメラメーカーやアクセサリーメーカーで、現在でもステレオ写真用の撮影・鑑賞グッズを供給しているところが少なくない。かの赤瀬川源平氏も一時はステレオ写真にハマっていたという。

 でも、はたしてステレオ写真ってビザールな趣味なんだろうか。

 ビザールとは、フランス語で“風変わりな、奇妙な”という意味だ。
 およそ趣味の世界というものは、いったん完成してしまうと今度はこれを崩すことが愉しみになるものである。成熟は発酵を呼び、正統の裏には異端がある。

 ステレオ写真は、現在では異端として葬られたかのように見えるけれど、二次元の写真が行き着くところまで行った現在、復活の日も近いような気がする。意外に、デジタルメディアと結びついたりして。いやいや、ブームはもう始まっているかもしれないのだ。

前編へもどる<---   Next-->


Copyright :
マカロニ・アンモナイト編集部