連載小説 
Silver Salt Nocturne
銀塩夜想曲

作=中山慶太  

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星雨 #1

 崩れかけた雨戸をそっと開くと、遅い午後の陽が背後からそそぎこみ、薄暗い空間にくさびのように突きささる。まばゆい光の柱は廃屋の奥へと伸び、吹き込む風に舞い上がった塵がきらきらと輝いて、がらんとした板の間の部屋を照らしだす。
 ふと、僕は奇妙な既視感を覚えた。この光景は確かにどこかで見たことがある。だがその記憶を辿るより先に、床の真ん中に浮かびあがった一対の足跡が眼に飛び込んできた。それはすこしの迷いも見せず、まるで住み慣れた部屋を横切るような足取りで奥へと続いている。
 厚く埃の積もった床に片方の脚をそうっとのせて外し、僕はもういちど二種類の足形をくらべてみた。
 あきらかにそれは、砂丘で僕が辿った足跡とは違っていた。それは大人の女性の、踵の低い靴の跡だった。
 そして、その靴の跡をべつの床で見たことを思い出したとき、あの既視感の正体がわかった。それは美紀が消えた屋敷の、さいしょの部屋に入ったときに感じたデジャヴそのものなのだ。

「私が忘れたことを、あなたが覚えているの? ひとの記憶っておもしろいのね」頭のなかに美紀の声が響いた。

 この床を踏み、この痕跡を遺したのは美紀だ。僕は足跡のひとつに掌を置き、横に掃いた。靴の主の体温はつたわってこなかったが、その手形と靴の跡、そして指先についた埃のようすから、その跡はまだ新しいように思えた。
 動きだした電車を追うように、はじめはゆっくりと、しだいに速く、僕は足跡に沿って部屋を横切り、奥の扉に向かって進んでいった。灰色の木の床に響く靴音を聞きながら、僕は最後に見た美紀の姿を思い出そうとした。けれど脳裏に浮かんだのは、コンクリートの塀の前にうずくまる彼女の姿、垣根の根もとをじっと見つめ、しかしなにも見ていないあの瞳だった。
 その時、正面の扉がゆっくりと開き、その向こうに人影が見えた。光の届かない深海のような暗闇を背景に、背後の光に照らされて立つ人影。それは間違いなくあの足跡の主だった。

(以下次号)

2000年1月掲載



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マカロニ・アンモナイト編集部