「週休六日のススメ」
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 イラスト・写真・文/福山庸治

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のピアノだが、部屋に入れるとやけに大きい。
 たぶん、88鍵フルスケールのピアノとしては、もっともコンパクトな機種の一つだと思うが、それでもでかい。楽器店のショールームで見る大きさより、ひと回りもふた回りもヴォリュームがある。僕の住むアパートは、そう狭くはないと思っていたが、このピアノを入れた途端、見事にウサギ小屋っぽく感じられるようになってしまった。
 しかも、ピアノの周りには、ギターやらベースやらウクレレ、それにロードレーサーにサッカーボールまである。ほとんど高校生の部屋であるが、どこかのおとーさんのように、別に青春時代に果たせなかった夢を、いま取り返そうとしているわけではない。単にこのおとーさんは、ゴルフのクラブやローレックスの腕時計には興味がシフトしていかなかっただけで、昔からやっていることが、未だに続いてるだけのことである。おそらく、僕の中身は、永年勤続疲労によるたるんだ肉と皮を被った高校生なのだろう。

 その高校生が、ピアノに触るようになったのは、既に高校を卒業してからのことなので、ツェルニーだのソナチネだのといった、幼少期に訓練の必要なものは、最初から放棄してきた。そう、僕のピアノは、コードを鳴らしながら好きな曲を口ずさむ、その程度のものに過ぎない。だが、その楽しみは果てしなく深い。クルマを外界へ通じる扉だとすれば、ピアノは僕にとって、精神の内面の奥深くへと通じる、最も近くにある扉だ。このアパートへ引っ越してきたとき、ピアノがないことで感じた強い不足感は、その通い慣れた扉が見あたらないことへの不安だったのかもしれない。


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