「週休六日のススメ」
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 イラスト・写真・文/福山庸治

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トーリーの整合性、そしてキャラクターの同一性。

 プロローグでは、伏線を張りまくり、思いっきり大風呂敷を広げようと、次回以降のことをあまり考えずに、好き勝手に描いた。が、そうやった結果、ストーリーに矛盾を生み、キャラクターの同一性がとれなくなってしまうことが多々ある。そうなると、どこでどう辻褄を合わせていくかという、マンガ家の悪戦苦闘が始まる。きちんと最初にドラマを構築していなかったツケが回ってくるのだ。

 映画監督のヒチコックは、撮影現場では、本番中でもたびたび居眠りをしていたそうである。時には、監督が見当たらないので捜したら、外は暑いからと、冷房の効いた車の中で寝ていたという。彼にとっては、絵コンテが出来た段階が映画の完成であり、現場での撮影の仕事は、もう“終わってしまった”ものを、設計図通りに組み立てるだけの、退屈な残務整理に過ぎなかったようである。

 と書いておいて、「実は僕も…」と続けるのは、いかにも虎の威を借りるようで恥ずかしいのだが、実は僕にも同じようなところがある。
 ハナシが台詞のレベルまで隈無く出来てしまうと、もう作品が完成したも同然の気分に襲われ、コマを割ったり、絵を描いたりすることが、ひどく退屈な作業に思えてしまうのだ。出来れば、誰か代わりに描いて欲しいくらいなのだが、なかなか需要と供給が結びつかず、相変わらず、最後まで自分で絵を描いている。

 しかし、プロローグ以降のハナシをほとんど考えていないとなると、退屈しているような余裕などない。冷や汗たらたら、スリルとサスペンスの世界に突入することになるのだ。


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