* 週刊フォトエッセイ *

バーチャルワインバー
「天孔雀亭(amano‐kujaku‐tei)」
   『王のワインに仕える女性の話 #14』 

 文・写真/中山慶太 --->Back Number

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エチケータ(ラベル)に献辞を書くキアラ・ボスキス女史。彼女は大学で経営学を学んだそうで、実際にドットーレ(博士)の肩書きを持っている。イタリア人で大学に学ぶということは、明快な目的意識と明晰な頭脳があるということだ。じっさいに彼女は父親のワイナリーの経営の一部を任されているのだが、自身の所有する蔵とおなじく、積極的な宣伝やマーケティングなどの経営手法とはいっさい無縁のように見える。

 


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『今週のワイン』

上の写真のラベルを貼ったバローロ『カンヌビ』1996/エンリコ・ピラ(キアラ・ボスキス)。これは一昨年暮れに彼女のセラーをはじめて訪ねたときにいただいたボトルで、キャップシールとDOCGラベルを持たないのは、その時点では法的な熟成期間を満了していない門外不出の品であったため。現在は通常の出荷が始まったはずである。さて、彼女の作品を客観的に表現するのは難しい。それはいかにも少量生産ゆえの丁寧な造りで、すぐれたバランスを持ち、スミレの花の香りのする、たいへんに優美で、そして現代的なバローロである。伝統的な、男性的なスタイルの長寿型バローロを好まぬ向きにも受け入れられる佳酒であり、バリックに頼るだけのワインでは決してない。

 

 

 



飲が終わると、キアラは熟成中のボトルから一本を選りだし、真新しいラベルに丁寧な献辞を書き込んで貼った。そのラベルをのぞき込むと、サインの下の酒名と畑の名前(単一の区画畑からの収穫で造られたことを意味する)、そして年号といちばん下のワイナリーの名前は今までよりもすこし小さくなり、新たに朱色の筆記体で彼女の名前が記されている。
 最初は文章がうまく決まらず、次は文字の位置に悩んで二度も書き直すさまが可笑しかったけれど、出来上がったそれはこのひとのワインのように美しいバランスでボトルを飾っていた。
 彼女は手にしたボトルを首の高さまで持ち上げて点検し、それから大きな黒い瞳でこちらを見つめると、「ケイタ、私の名前の意味を知ってる?」といった。
 僕が首をかしげると、彼女はかたわらのグラスを手にとって天井の灯りに透かしてみる。
「こういう意味なの。ほら、良いワインは濃い色をしていても、濁りがなくて透明でしょう。私の造りたいワインも、きっとそういうものね」。瞳と頬をワインの色に染めて夢語りのようにつぶやく彼女は、まるで少女のように見えた。

 別れ際にキアラは「バルトロには会っていかないの?」 と訊いてきた。僕は、今日はもう遅いので明日にしようと思う、と答えた。彼女は頷くと、そうね、いそぐことはないわ、といって「私たちはいつでもあなたを待っています。またいらっしゃい」とこちらの手を握った。
 彼女の蔵の扉が閉じる音が夕暮れの村の小径にひそやかに響く。ポケットからクルマのキーを取りだすために荷物を道端に置くと、目の前の駐車場の向こうに白い壁の家が見え、その窓の明かりが葉の落ちた街路樹を照らしていた。ということは、きっとあの向こうで老職人が絵を描いているということだ。チャーミングなイラストを描く、チャーミングな伝統主義者。
 僕は窓の外から彼の姿を確かめようと思い、すこし歩いてから立ち止まって、やはり自分のクルマに向かうことにした。
 ふたつの世界は、目に見えているほど近くないように思えたからだ。
(この項終わり)

 


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『今週のおすすめリンク』

今回のランゲ丘陵編はこれでおしまい。そこでリンク紹介の締めくくりは、産地めぐりに役立つ便利サイトをご紹介しよう。『ランゲ、モンフェッラート、ロエーロ観光協会(Consorzio Turistico Langhe Monferrato Roero)』は名称が示すとおり、ピエモンテ州南部にまたがる三つの丘陵地帯の優れたホテル、レストラン、エノテカ(ワインショップ)、アグリツーリズモなどを紹介するサイトである。公的なサイトゆえ、掲載される施設には厳格な選定基準があるようで、短期滞在のジャーナリストの主観などよりも頼りになるはず。ただしババ抜きのスリルはない(?)。トップページの鳥のクチバシで言語を選ぶようになっているが、英語を選択してもたまにイタリア語が混じっていることもある。ご愛敬。

http://www.langhe.monferrato.roero.it/


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