* 週刊フォトエッセイ *

バーチャルワインバー
「天孔雀亭(amano‐kujaku‐tei)」
   『番外編:砂漠のワインリスト #4』 

 文・写真/中山慶太 --->Back Number

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先週に引き続き、北部ローヌ渓谷の白ワイン。「ローヌの白」といえばコンドリューCondrieuだ。他に類を見ない、という形容はこのワインにこそ相応しい。葡萄品種はヴィオニエ種100%で、これはさいきんは南フランスやカリフォルニア等でも栽培が行われているけれど、コンドリューの高みには誰も到達できない。「咲き誇る花のような香り」という形容は、このワインのためにあるようなもの。他のワインなら香りが立たないような温度にまで冷やしても、その強い芳香は衰えを知らない。写真はコンドリューの第一人者、ジョルジュ・ヴェルネイGeorges Verneyの上級キュヴェ、『コトー ド ヴェルノンCoteau de Vernon』98年。ややもすればボディを失いがちなこのアペラシオンで、見事なまでに肉付きの良い酒躯を誇る。例によって少量生産だが、草の根を分けてでも探す価値がある。

 

 

 

 

 

 


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っきょく私が引き当てたワインは『シャトー・モンローズChateau Montrose』の74年であった。
 ボルドーはメドック地区、サンテステフ村の銘酒である。リストには82年が載っていたのだが、まあ良しとしよう。それがあったとして、こちらの懐に見合うかどうかわからない。74年はそれほど恵まれた作柄ではないけれど、まあ良しとしよう。プラハでモンローズが飲めるのだから。
 食前酒に頼んだ地元の白ワインはシロップのような味だった。それもまあ、思い出には悪くないか、と自分を納得させる。もうすぐこのテーブルがトリュフの香りにつつまれるのだ。
 さて、メインディッシュの腸詰め(メニューをどう読むのかは最後まで謎だった)に先だってレディが運んできたボトルを見ると、よほど湿気の多い酒庫で保管したのだろう、ラベルが朽ちかけている。これは悪いことではない。
 ただしあてがわれたグラスは、ボヘミアの繊細なカットが施されているとはいえ、ゆで卵を載せた方が似合いそうな小振りのもの。これじゃあせっかくのワインの香りが利けない。ホストテイスティングをせまるレディに「もっとでかいグラスをよこせ」とせがむも、笑顔で無視されてしまう。
 ま、いっか。なんたってプラハでモンローズだ。冬のチェコでトリュフ味のワインだ。
 ゆで卵のグラスが黒い液体で満たされたとき、そんな縁まで注がないでくれ、と日本語で叫んだ私を、黒い瞳が冷たく見つめていた。

「で、そのワインはどうだったの」
 好事家として知られるエッセイストのK氏は、愛用の眼鏡に息をふきかけて目を細めた。
「それが、異常に若いんですよ。90年代のボルドーかと思うくらいに。カベルネの青臭い香りが、まだ残っていて……やっぱり低温で保存すると、ワインは歳を取らないんでしょうか」
「ふうん、そうなんだ」
 K氏が立ち上がって窓を開けると、神宮外苑のざわめきがダイニングに忍び込む。素早く席を横取りした猫の首を掴んで抱き上げ、K氏は台所に消えると、しばし後に赤ワインを注いだグラスを持って戻ってきた。
「そのワイン、こんな味じゃなかったか」
 勧められるままに香りを利き、ひと口すする。記憶のワインとは明らかに違うけれど、まるで血の濃い家系の家族のように、どこか目鼻立ちが似ている。
「そうですね。もうちょっと湿った香りがしましたけど、似ていると言えばそうかも」
 K氏の瞳が、眼鏡の奥で笑った。
「カリフォルニアワインに、インスタントコーヒーを混ぜたんだよ。知ってるか。骨董品屋がプラハで仕入れをするときは、眼鏡をよく磨くんだ。あそこはヨーロッパでもいちばんイミテーションづくりが巧い土地だからね。古ぼけたワインのラベルやコルクを捏造するのなんか、わけないさ」

 ことの真相は未だに謎のままだけれど、私があの店を出たあと、夜道を満ち足りた思いでホテルに戻ったことは書き添えておこう。ワイン馬鹿につける薬は、そうあるもんじゃない」

 


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今週はお休みです。

 

 

来週から南イタリア現地取材による
『シチリアン・コネクション』
いよいよスタート。
ご期待ください。

 

 


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