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恵比寿カチャトラでの最初のライブチラシ
(提供:パラダイス山元)


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* 週刊フォトエッセイ *

世界マンボ紀行

文/パラダイス山元 --->Back Number



190 恵比寿カチャトラの夜

 「ついに甦る、粋な東京の夜。」
というわりには、開場前から人が溢れんばかりになっていた。その日、三大東京バンドのひとつ「東京リズムキングス」の根城であった恵比寿カチャトラではじめて「東京ラテンムードデラックス」がライブを行うことになった。相変らずいつもの口コミと、時代錯誤もはなはだしいフライヤーのおかげで、浅丘ルリ子風の女の子を従えた石原裕次郎もどきのカップルなどがわんさか集結。普段は小粋なイタめし屋であるはずの店内が、バーゲン会場のようにごったがえしていた。回を重ねるたび噂が噂を呼び、すさまじい人出になってしまった。店から溢れだした客が、隣のラブホテルの玄関前まで列をつくりほとんど営業妨害状態。澄んだソリマチアキラのボーカルが響き渡ると同時に、店内は一気に昭和30年代の銀座・赤坂の夜にタイムスリップ。噂を聞きつけて訪れたなぜかホンモノの初老のご夫婦も満足げに笑みを浮かべている。まんまホンモノを経験してきた世代をも巻き込めるところがラテンの強みだ。マンボボーイズもファンの間口がオトナから子供までと充分広かったと感じていたが、東京ラテンムードデラックスはさらにファン層が広がっていった。ムーディーなラテンナンバーばかり続いたあとには、恒例ドンチャンダンスタイム。渡辺ファイアーは、ここぞとばかりに暴れまくり超絶技巧でアルトサックスを吹きまくる。東京リズムキングスのキーボードプレイヤーとして活躍していた東泉一郎改め東京一郎のソロは、唯一1970年代調のおサイケぶりを発揮、ダンスナンバーでは曲に合わせてグリングリン体を揺らしてキーボードをぶっ叩いていたのだった。

静から動への展開も激しかったのが、東京ラテンムードデラックスの売りだった。

 

 


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