「勝見洋一の道楽三昧 第一回」
最近、中国に行きましたか
    --その3--

して臭いといえば悪の臭い。
 それらがミックスして、料理にかぶさっていない。
 つまり料理の素材以外の調味料がいくつもたりないのだ。
 だから北京でなければ食べられない香港料理を食べに行くというのは実につまらないことである。値段も高い。うっかりすると東京の一流店より高い。一人の勘定が、普通の北京のサラリーマンの月収の三倍、なんてザラだ。
 それをやれば、そりゃ贅沢かもしれない。
 でも、豪勢だが、ちょいと淋しい。
 まわりの客を見れば、何か仕事で当てて急に金まわりがよくなった、つまり成金連中。
 シェフの方も心得ていて、どこか北京の地方料理の味も含ませる。
 知らないうちに、もう、香港料理はすたれてしまったのだと、つくづく思う。
 もともと香港の料理屋は、超高級店と超低級店が旨かった。
 超低級店とは屋台のこと。
 ビルとビルの間の湿った薄暗い場所で、ひっそりと湯気を出している屋台の、まるで魔物のような旨さは、本当に最近の香港ではお目にかかれなくなってしまった。
 その屋台のある空き地のビルの陰にロールスロイスを待たせておいて、ひっそりと屋台の椅子に座り、靴を七色に光る油の浮いた水溜まりに浸したままヤキソバを食べる金持ち、なんていうのがたまにいた。

 日本人なら、旨いとか、いやあヤキソバはこの店に限るねえ、などと主人にゴマをするのだが、香港の金持ちは黙って食べていた。主人に喋りかける資格を失っているように見えた。主人のほうも冷たくあしらう。こいつは金持ちだ、俺たちとは違う、と客の品定めすればわかるのだろう。そして、今は金持ちだが、昔は俺たちと同じに貧乏だったのに、という「同情」があるのだろう。香港の貧乏人は金持ちに慈愛のマナコをむけるものである。羨望のまなざしと敵意を抱くのは若い世代だ。
 その屋台のヤキソバは、魚の塩漬けをほぐして、白菜の切れっ端とをどろどろの油と醤油で炒めた、下品極まりない味である。
 その下品な旨さ、というのがあった。ようするに下手味。

<--Back  ... To be continued.

---------------------------
 Text :
Yoichi Katsumi
 Photo :
Yoichi Katsumi


Webmaster :
ammo@tokyo.fujifilm.co.jp
Copyright :
マカロニ・アンモナイト編集部