●クリヤ・マコト
ミュージシャンたちの肖像
        --その2--

いっても、ぼくが留学したのはウェストバージニアの小さな小さな田舎町のことである。モーガンタウンは澄んだ空気と光に満ちた美しい町だった。東海岸を南北に 走るアパラチア山脈の中程にあり、留学生仲間では田舎にうんざりしていた者もいたが、この町を愛する人々にとっては天国のような所だった。絵はがきから抜け出したようななだらかな森と牧場の中に、いきなり大学関係の歴史的建造物や近代的建造物 、教会、スタジアム、医療機関、ドミトリーなどが出現し、中央にはモノンガヘラ・リバーと世界初のハイテク無人電車が走っている。車で30分も行けば一回りしてしまうような町だが、その町がまる一つ大学のキャンパスになっているのである。周辺地域はまだ古い因習が残り人種偏見もあったが、このキャンパスの町は、住人の大半がリベラルな大学関係者で人種偏見が無く、自動車の鍵を開けっ放しにしておいても心配ないほどに安全な町だった。
 ケヴィンは炭坑夫をしていた時に大けがをし、退院後住み易いモーガンタウンに流れてきた。病院の見回りなどのアルバイトをして生計を立てていた。演奏活動は彼が最も情熱を傾けていた仕事ではあったが、時には生活保護を受けなくてはやっていけないこともあった。それなのに彼は、わずかな仕送りが尽きて空腹に腹をよじらせていたぼくの面倒をよく見てくれたものだ。アメリカでの生活の全てを、ぼくはケヴィンから学んだ。


 ・79年当時の筆者

 

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 Text :
Makoto Kuriya
 Photo :
Makoto Kuriya


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