クリヤ・マコト ミュージシャンたちの肖像-3
炎のサックス奏者ネイサン
-その1-

 文・写真/クリヤ・マコト

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の2月、とあるプロジェクトのトラックダウンのため、久々にアメリカへ行った。円安が続いているとはいえ、アメリカの物価は安い!もちろんニューヨークのような大都市はそれなりに高いが、田舎は本当に安いのだ。見積もりを取ってみたところ旅費を出してもほとんど変わらないという結果が出たため、里帰り(?)の意味も含めて一路我が懐かしの『モーガンタウン』へ出かけることになった。なにしろ1993年、ニューヨークでぼく自身の名義のアルバムを録音するために渡米した際に寄ったきりだったから、約4年ぶりということになる。
 このプロジェクトというのは、ぼくが企画にひと口かんでいるクラブイベント『salon』で見いだしたジャパニーズ・ラップ・チーム『Phoebus』のデビュー作だ。4月にサロン・レーベルからCDと12インチ・シングルが同時に発売されるが、ぼくは『Clay-Z』の名で全編プロデュースしている。もちろん全員で行けば高く付くので、録音だけ東京で行い、テープを抱えてぼくだけが海を渡った。

 


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・ケヴィンと2ショット

 

 急にチケットを手配したためロサンゼルス、シカゴ経由ピッツバーグ着というとんでもないルートで、しかも飛行機のトラブルのため接続がうまく行かず、30時間かかってようやくモーガンタウン入りした。2月といえば東海岸は最も寒い時期で、ひどい年には気温がマイナス40℃まで下がり、車は雪に閉ざされ遭難の怖れさえあるのだが、今年は幸い驚くほどの暖冬だった。なにしろ雪など全く見られず、東京よりも暖かいのだから拍子抜けしたくらいだ。とはいえ毎日スタジオに行ったり人に会ったりするためにかなりの距離をドライブしなければならないことを考えたら、これは実にラッキーなことだった。
 モーガンタウンは、カーネギーの鉄鋼産業を中心に栄えた中都市ピッツバーグから車で1時間ほどの距離だ。初日は真夜中にホテルに着き、そのまま死んだように眠ってしまったが、翌日は9時に起床しいきなりピッツバーグのスタジオにUターンした。かつて何百回と通ったピッツバーグへと続くこのハイウェイは、インターステイト79号といってエリーからチャールストンを結んでいる。途中フィラデルフィアから西海岸へとつながる長大な76号に交差するが、この道ではスコット・ラファロを初めとする多くのミュージシャンが交通事故で命を失っている。というのもアメリカのミュージシャンはとにかく車の旅が多いので、交通事故に遭う確立も高いのだ。

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... To be continued.


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