クリヤ・マコト ミュージシャンたちの肖像-3
炎のサックス奏者ネイサン
-その7-

 文・写真/クリヤ・マコト

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かしネイサンに関して特筆すべき事は、ミュージシャンとしての実力云々以上に、彼がアメリカ黒人史上でまさに成功した黒人の一人であるという点だ。年輩の黒人ジャズメンに関しては、例外なくその業績と同時に彼らが被った不当な人種差別が言及される。公民権運動以来黒人たちが行ってきた地位向上のための努力は、ポピュラー音楽史の中で非常に大きな意味を持つが、ネイサンのような例は案外見過ごされてきた一面ではないかと思う。州立大学の名誉教授にまで上り詰めたということは、スポーツ業界やレコード業界で成功した黒人実業家、ジェシー・ジャクソンのような政治家、黒人弁護氏や黒人医師たちに匹敵する成功なのである。何しろ今とは時代が違うのだから。

 


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・これは美術品ではなくて
 ネイサンが表彰された”タテ”

 

 ネイサンのプロフィールは実に輝かしいもので、そのキャリアは彼が民俗音楽のPH.D(博士号)を取得した事に始まる。60年代にはフランスへ移住しアカデミーを開設。当時多くのジャズメンが招かれてヨーロッパへ行ったが、ネイサンもヨーロッパ各地でアート・ブレイキーやデクスター・ゴードンと演奏した。そしてドイツ人女性と知り合い結婚。帰国後ピッツバーグ大学から迎えられ、長年の貢献の末ついに名誉教授にまで上り詰めた。ありとあらゆる名誉職に名を連ね、数限りなく表彰されており、1970年代にはアメリカで成功を収めた1000人の黒人に数えられているそうだ。というと気むずかしい老人を想像するかもしれなが、実際の彼は実に豪快で太っ腹な男だ。ネイサンに関する想い出もいろいろあるが、ここでひとつ挙げてみよう。
 毎年夏にペンシルバニア州の2大都市であるピッツバーグとフィラデルフィアとで同時に開催される「カーネギー・メロン・ジャズ・フェスティバル」という有名なフェスティバルがある。これは野外、ホール、ライブハウスなどを総動員して丸一週間ジャズやR&Bを演奏し続けるという大規模なものだ。ネイサンはもちろんこのフェスティバルの常連出演者だったが、彼のおかげでぼくも常連出演者になった。このフェスティバルでぼくはジェームズ・ムーディー、ドナルド・バード、トゥーツ・シールスマンから、インドの天才タブラ奏者ザキール・フセインまで様々なミュージシャンと共演した。

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