マダム・キヨコの近代処世術 第2回
「イタリア式恋愛術を学ぶ」 -1-

文/印南紀世子メニヤン  写真/Eric Meignien

* 週刊フォトエッセイ*   




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1970年には6件に過ぎなかった日仏間の姉妹都市協約は、現在では41件を数えるのだそうだ。この協約が、都市どうしの、あるいは国どうしの友好関係にどれほどの役割を果たしているのかは知らないが、サヴォア県のシャンベリーでも日本のどこかの町と姉妹都市の関係を結ぼうと、委員会まで結成されたことがある。しかしながらシャンベリーにおける日本人在住者は、この10年間3人を超したことがないのだ。したがって気勢が上がらず、かけ声だけに終わって現在に至る。

 協約を結ぶからにはそれなりの理由が必要だ。例えば、シャンベリーと姉妹都市になって今年で40年目を迎えた北イタリア・ピエモンテ地方の州都トリノの関係のように。この二つの町をそれぞれの都と仰ぐ地方は、1860年にサヴォアがフランスに併合されるまでは、サヴォア公爵、ピエモンテ王、サルディニア王、という三つの称号を持つ一人の人物によって統治されていた。宮廷は1418年まではシャンベリーに、それ以降はトリノに置かれた。

1997年8月掲載



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「イタリア式恋愛術を学ぶ」

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マカロニ・アンモナイト編集部