マダム・キヨコの近代処世術 第2回
「イタリア式恋愛術を学ぶ」 -2-

文/印南紀世子メニヤン  写真/Eric Meignien

* 週刊フォトエッセイ*   




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1861年、ガリバルディによってイタリアが統一されたとき、初代のイタリア王となったのはトリノ生まれのピエモンテ王、ヴィットリオ・エマヌエーレ2.世だったが、彼の祖先はサヴォアの谷間の町、サン=ジャン・ド・モーリエンヌの領主だった。イタリア王家代々の墓所が、いまでもシャンベリーの北にあるブールジュ湖のほとりに見られる。

 あっちの王様がこっちの公爵、という感覚は日本人には分かりづらいが、いずれにせよ中世文化の華を競った二つの都市である。姉妹都市40年を祝うにも、騎士や貴婦人を勢ぞろいさせて中世祭りをやるしかないではないか。かくしてシャンベリー市が考案したのは、“Marche Medieval”『中世の市』だ。

 お祭りの市が立ったのは6月の土曜日だった。夫と二人で午前中に様子を見にゆくと、町外れの駐車場にはトリノからの大型バスが到着し、中世の商人や農民の姿に装ったイタリア人たちが続々と下車の途中である。更に町の中心街までやって来れば、シャンベリー市庁舎の階段にはディズニーの『眠れる森の美女』に登場したような宮廷婦人たちが立ち並び、大聖堂前の広場には鎖帷子の騎士たちが出番を待って控えているのである。

1997年8月掲載



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「イタリア式恋愛術を学ぶ」

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マカロニ・アンモナイト編集部