Boys' Days 第3回
元祖! La Mode de スポ根 a la ギイチ
−元バレーボール選手 中里義一(なかざと よしかず)
                      -その1-

文/河野朝子  写真/nobuko

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80年代初頭、まだ日本の体育シーンが梶原一騎に染まっていた頃、中里さんの登場はいきなり鮮烈だった。プロ野球選手だって、サッカー選手だって、いわゆるひとつの体育会の延長の普段着を着用していた時代、中里さんは実業団、フジフイルムのバレーボール選手だったわけだが、初期のテクノ・ポップ華々しき折、髪型は坂本龍一とサーファーが合体したようであり、服装は黎明期のデザイナーズ・ブランド。野球選手がソフトスーツを着たりし始めるよりずっとずっと以前の話だ。
 フジフイルム・バレーボールチームの拠点は金太郎で有名な神奈川県南足柄の山中にあるのだが、そこで他の選手がジャージで歩いているのを後目に、中里さんは『コム・デ・ギャルソン』『Y's』系の黒づくめに身を固め、遠征先の駅のホームでは雑誌an・anに見入り、好きな女性は、と聞かれると「山口小夜子」と答える。なんだそりゃー!と当時、相当ビックリさせていただいた。
 その頃、日本のバレーボール人気は社会現象にもなっていた。「ニッポン!チャチャチャ」が生み出され、中里さんの日体大の後輩、川合選手(現在タレント)や法政大学の熊田選手がきゃーきゃーと女の子に追っかけ回されていたのと同時に、中里さんも「ギイチ、ギイチ」と女の子達の間ではカルト的アイドルだったのだ。失礼ながら、私もそのプレーとは別の意味で注目していたのだが、中里さんはある日突然会社を辞め、ぷっつりと消息を絶ってしまった。

 あれから十数年。その中里さんが私の目の前に座ってニコニコしながら茶髪をかき上げている。長生きはしてみるもんである。さすがに"黒づくめ"スタイルではないが、イメージはあの頃とほとんど変わらない。オジサン、なんて呼んだらパンチ、じゃなくてアタックが飛んできそうだ。
 あの日、我々ギャラリー(とやってる当人達)のスポーツ選手に対する思い込みとは、ちょっとズレたところで存在した中里さんに、結局やっぱりどういうつもりだったのかを尋ねてみた。


... To be continued.  

 


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