Boys' Days 第3回
元祖! La Mode de スポ根 a la ギイチ
−元バレーボール選手 中里義一(なかざと よしかず)
                      -その2-

文/河野朝子  写真/nobuko

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里義一さんは1959年、都内で生まれ、ずっと東京の西部で育った。中学時代は、陸上競技をやれば砲丸投げで東京都で3位、水泳をやれば背泳で三多摩地区で2位、と恵まれた体格と運動神経を持つスポーツ少年で、バスケットボールで都のベスト8に残ったところを名門東洋高校バレーボール部の監督に見出され、東洋高校へと進み、バレーボールを本格的に始めた。その後めきめきと頭角を現し、さらに大学は関東1部リーグの常勝チーム、日本体育大学へ。そして数回の優勝を手みやげにフジフイルムに入社した。なんて経歴から想像してしまうありがちなキャラクターから、中里さんは思いっきりはみ出している。
「中学でバスケやってたときさぁ、(トーナメントの)上の方に進むとオレ、最後まで試合に出てたことないんだよね。全部ファールで退場」中学生が普通やんないよ、と思いつつ、体を動かすのは好きだったんですね、と振ると「うーん、そういうのって学校で全校生徒の前で表彰されるでしょ?アレが気持ち良かったんだなぁ」と来た。
 そして推薦もらって高校に行って、でも、一応、ウサギ飛びでグラウンド3周!とか、へとへとで動けなくなってる上から矢のようにスパイク振ってくるレシーブの練習とか、あるでしょ?中里さんでもスポ根やったんですか?「オレね、人に言われてなんかするのって嫌いなの。自分が強くなるためにこういう部分が足りないからする練習ってのはやるよ。やらされるってのがヤなの。だからって、逆らうとかってんじゃなくて、だって、一応団体でやる競技だし(笑)。人に迷惑はかけらんないじゃない。まぁ、努力はしました。でもそういうところを見せたくない方」
 てなことを言いながらも、やっぱりまた推薦で、日本のスポーツのメッカ日体大にちゃっかり進み、そこでも勝ちまくり実業団にまで到達してしまう。


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