世界マンボ紀行

文・写真提供/パラダイス山元

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54. 自粛ムード漂う中の「情熱のラテン」
  マンボボーイズは恐いものナシであった。バンドとしての認識が強まりつつも、DJ+パーカッションのオリジナルパノラマスタイルでのクラブギグは毎週末続けていたのであった。誰と組み合わされようが、毎回確実に相手を喰っていた。言わばピラニアのような集団として、やがてクラブシーンで恐れられるようになっていったのだ。折しも昭和天皇が病に倒れ、歌舞音玉の一切が自粛となった年は、東京の夜のクラブシーンは意外にも活気づいていたのであった。まだクラブ創世期にあっては、クラブといっても、ピッチコントロール付きのターンテーブルとフェーダーミキサーがちゃんとあればイイほうで、今現在のようにCDデッキやらなにやら、機械でいっぱいというDJブースでなかったことがなぜか懐かしく感じる。一時、世の中の欲求不満のはけ口がクラブだったともいえる。しかも圧倒的に大人の世界であり、そこには高校生やコギャルの姿はなかったのだった。


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