バーチャルワインバー
「天孔雀亭(amano‐kujaku‐tei)」
  --『法皇の畑の赤ワイン(2)』--

 文・写真/中山慶太

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アヴィニョン、教皇宮殿の中庭にて。
毎年6月の演劇フェスティバルに備え、
仮設ステージが組み立てられる。


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『今週のワイン』
最近入手した1本、『ドメーヌ・ド・ラ・
ジャナスDomaine de la Janasse』1996年。
この年号の評価は良好ないし秀逸(つまり
5段階の3から4)。大柄な赤 ワインの場合、
作柄に恵まれ過ぎると熟成に途方もなく時間が
かかるので、早めに飲むには好適か。
パープは生産年のだいたい2年後に出荷される
ものが多いから、今なら95年や96年が比較的
容易に手に入るはず。

ランスのたいがいのワインとおなじように、シャトーヌフ・デュ・パープの産地にも同名の村があります。場所はローヌ川の下流、アヴィニョンとオランジュの中間ですね。ワイン業界では南部ローヌ地方に区分けしていますが、一般的にはプロヴァンスと呼んだ方が通りが良いでしょう。
 ところで、シャトーヌフ・デュ・パープの名の由来はご存知ですか? これは“法皇の新しい城”という意味で、その名のとおりローマ・カソリック教会の法皇がこの地に城を構えたことに由来しています(パープは法皇、または教皇の意)。おや、ローマにいるはずの法皇がどうして南フランスに城を持つのか。それがなぜワインの名になるのか、と。もっともなご質問ですが、これは高校の世界史にも登場した有名な事件に端を発します。
 14世紀の初頭、教会内の派閥争いに疲れたローマ法皇クレメンス五世は法皇庁をアヴィニョンの地に移してしまいました。それは法皇庁の権力を欲したフランス国王の要望でもあり、法皇自身フランス人だったことも要因でしょう。
 当初は法皇自身の希望でもあったアヴィニョン移転ですが、クレメンス五世は9年後にあっけなく世を去ります。しかしその後も7人のフランス人が法皇職が引き継ぎ、ローマ教会とフランス国王との権力争いに揺れながら、実に一世紀以上の長きにわたってアヴィニョンに住まい続けたのです。世界史の授業では、この混乱期を『法皇のバビロン捕囚』とか『教会大分裂』という題目で採りあげていましたが、覚えておいででしょうか。

注)いつも悩むのだけど、フランス語をカタカナ標記に置き換えるのは難しい。Chateauneuf du Papeは『シャトーヌフ・デュ・パプ』が近いが、現地で聞いた 限りでは『パープ』でも間違ってはいないと思う(もちろん両方とも正解ではない)。そういえばフランス語にも方言があって、プロヴァンス地方では本来サイレントになるはずの語尾の“S”をかなり明確に発音する。Gigondasは『ジゴンダス』、Cassisは『カシス』なのだが、同名のワインをパリあたりで注文する時にはSを発音しない。フランスを旅するときには頭の切り換えが必要だ。おっと、これは日本も同じか。


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