連載小説 
Silver Salt Nocturne
銀塩夜想曲

作=中山慶太

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 


--->拡大表示



--->拡大表示


美紀 #2

 六センチ四方の正方形に立ち落とされた風景のなかに、古風な飾り格子の窓が見える。ピントを手前に移動するとその輪郭はゆるりと溶け、手前に白いブラウスを着た女性が浮きあがる。そうしてどこか別の時間から移動してきたように磨りガラスの板に現れた美紀の瞳に、僕はそっとピントを合わせて思う。

 君がこの箱のなかに住んでいればいいのに、と。

 シャッターに指をかけたまま、なかなかそれを押さない僕に美紀はもの問いたげな眼を向ける。レンズ越しの視線を受け、とっさに返す言葉をのみ込んだとき、彼女の眉がかすかに曇った。それは不安か、それとも戸惑いの現れだろうか。答えを見つけようとファインダーから目を外したとき、美紀がぽつりとつぶやいた。
「あの日、母はちょうどこの場所に座って眺めていたのよ。父と私のことを」
 指先から力が抜ける。
「この場所にって、この家のこと?」
「そう。生まれてしばらく、学校にあがる前まで、ずうっとここで暮らしていたから」
「だって、この家は……」先ほど午後の日差しを避けながらここまでふたりで歩いて、偶然に見つけたのだ。駅から坂をのぼった高台にある旧い住宅地の奥まった場所につきあたるまで、路地も曲がり角も当てずっぽうで。
「私も道順は覚えてなかった。不思議ね。ここから駅までは目をつぶっても行けそうな気がするのに、その逆はまるで記憶がないなんて」
 庭の踏み石に視線を落とした美紀は、ついと立ち上がると両手でスカートをはらい、背後の屋敷を見上げて言った。
「でも、こうして来てみれば夢に見たまま、幾度も繰り返し見たとおり。あの駅を降りて坂を上れば、きっとどの道を選んでもこの家にたどり着くのよ」
(以下次号)

1999年8月掲載



<--Back   ... To be continued.

●PDF版「銀塩夜想曲」
縦書きレイアウトでお楽しみください

PDF版「銀塩夜想曲」をお楽しみいただくにはAdobeAcrobatReaderが必要となります



Copyright :
マカロニ・アンモナイト編集部