マカロニアンモナイト
webマガジン「マカロニ・アンモナイト」月刊特集
和−Time Rhythm
〜和時計の暮らし〜 前編
文・写真/しばやまみゆき  Flash時計/Rey.Hori
前編目次 1 2 3 4 5 2002年11月掲載


§江戸の時の呼び方…干支§

 暦には今でも「子(ね)」「丑(うし)」…という『十二支』と、「甲(きのえ)」「乙(きのと)」…という『十干(じっかん)』とを組み合わせて「甲子(きのえね)」「乙丑(きのとうし)」…というように60通りの『干支(えと)』が表わされるが、不定時法の頃の時刻や方位の呼び方には数字ではなく十二支が当てはめられていた。

 現代の時計に慣れてしまっているからわかりにくいのだけれど、太陽の動きで時間を計るには、その方角を読むのが便利だったからなのだろう。「子(ね)」の方角を北にして、右回りに十二支を当てはめていくと分かりやすい。


 さらに一刻(いっとき)を4等分して細かく表した。
例えば“草木も眠る丑三つ時…”は、
「丑(うし)」の一刻(いっとき)=夜中の1時〜3時を4等分した3番目のところだから、2時〜2時半までの約30分間ということになる。
 また、一刻(いっとき)の真ん中は“正刻(しょうこく)”という。「正午(しょううま)」は「午(うま)」の一刻(いっとき)=11時〜13時の真ん中だから12時にあたる。“正午(しょうご)”というのはこの名残だ。



§江戸の時の呼び方−数字§

 不定時法では干支の他に数字も使われた。
 文字表示からの必要性でなく、耳で聞いて時刻を数えるために必要だったからだろう。

 日の出前に星が見えなくなる時刻を「明け六ツ(あけむつ)」、日が暮れて星が見える時刻を「暮れ六ツ(くれむつ)」として、昼夜とも順に五ツ、四ツ、九ツ、八ツ、七ツと数えた。不思議な並びだが、これには易の考え方が由来している。

 中国の陰陽説では、奇数を“陽”、偶数を“陰”として、特に最も大きな陽数である“9”を活力のある特別な数字としていた。


 これが伝わって「子(ね)」と「午(うま)」の時刻には太鼓を九ツ打つようになった。
 次の「丑(うし)」と「未(ひつじ)」には9の倍で18打つべきだが、そんなに多くては分かりにくいから10の位を省略して八ツとした。同様に、3倍の27を七ツ、4倍の36を六ツ、5倍の45を五ツ、6倍の54を四ツとしたのだ。

 この数え方は奈良平安の時代に自然科学や自然哲学を担当する『陰陽寮』において、大がかりな水時計で時間を計って時刻を知らせていた頃にまでさかのぼるものだ。当時の人にはすでに馴染みやすいものだったのだろう。



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