マカロニアンモナイト
webマガジン「マカロニ・アンモナイト」月刊特集
和−Time Rhythm
〜和時計の暮らし〜 後編
文・写真/しばやまみゆき  Flash時計/Rey.Hori
後編目次 6 7 8 9 2002年12月掲載


§和Time生活日記§

 和Time生活に挑んだのは、秋風にちらほらサーファーが浮かぶ御宿海岸近くの住宅地。雑木林はすでに枯色、田圃には稲穂が輝いて、実りの秋を感じる風景。すごーく田舎ではないが決して都会でもない。この辺りでは毎日朝7時、昼12時、夕方5時に音楽が鳴って時刻を知らせてくれる。江戸時代に限らず、農家や漁師が多い地域では、個々が時計に頼るより、みんなが一斉に同じ時間が分かるほうがやっぱり便利なんだろう。
 この時鐘ならぬ時曲とお天道様に合わせた暮らしは、お天道様より一足早く起きることから始まる。アラームでたたき起こされたんでは台無しだから、寝る前に3回枕をたたいて明六ツを潜在意識にインプット。機械に頼らないってことは、本来持ってる能力を刺激して使うってことなのだ。早くも心配だけど...。

 目覚めれば、まだちゃーんと暗い。いつもなら二度寝を決め込むところだけど、今朝は暗がりでそそくさと着替えて、外に出る。東の空は結構明るいが、西には月が輝いている。明六ツってこんなもんかな?
 しばらくすると見る見る空が明るくなって、お天道様登場。日の出はいつ見てもありがたい。エネルギーがフルチャージされる実感。清々しい、そしてやる気満々の朝である。

 家の中の方が外より暗いことをとても新鮮に感じる。普段、部屋に入ると癖のように電気を付けているからなのだろう。別に少々暗くたって不自由はないのに、これは勿体ないことだと気づく。これからも気を付けましょうね。

 せっかくの和Time生活なので、七輪に火を熾す。井戸はないから水くみは無し。庭先でのお手軽アウトドアという感じだ。お湯を沸かして、土鍋でご飯を炊いて、みそ汁作って、やっと朝ご飯。支度に時間がかかった分ありがたいのか、しっかり身体が起きてるから十分味わえるのか、ご飯がすごく美味しい! 毎朝こんな風に始めたいものだ.。
 さっき1回目の音楽が聞こえたから、そろそろ一時(いっとき)経て朝五つ頃かな?

 庭仕事などをしばらくしてからひと休み。大工さんや職人さんに10時のお茶を出すのも、ひと息つく方が効率がいいからなんだろう。さて、もうひと仕事がんばろうという気になる。再び仕事を始めるとお昼の音楽。そろそろお昼の支度にかかろうか?

 お昼を食べて、仕事して、一息ついて、また仕事にかかる。何かを始めて1時間はあっという間だけれど、ひと仕事には一時(いっとき)の長さがちょうど良い案配のようだ。
 約束などは今の時制を変えられないけれど、仕事の区切りの時間として和Timeを取り入れるのは良いかも知れない...。

“お八ツ”が済めば、本日最後のひと仕事。日が傾いてくると日暮れまではあっと言う間だ。急がなくちゃ、日が落ちる。とうとう3回目の音楽が流れる。手暗がりにお天道様のありがたさをしみじみ感じながら、片づけ。
 いつもならまだまだ仕事の夕方だけれど、こう暗くなると一日の終わりを感じる。




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明六ツ。5:21AM撮影
西空はまだ暗く月が輝いていた。








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明六ツ。5:47AM撮影
朝日の動きはあっという間。
もうすぐ日の出だ。








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日の出。6:12AM撮影
いつ見ても日の出はありがたい。

 部屋も真っ暗。ローソクに灯をともして、これを持ちながら移動する。段々目が慣れてくるけれど、トイレだってお風呂だってこの調子。江戸の人が昼間お風呂へ行っていたのも頷ける。はっきり見えないんだから、ちゃんと汚れを落としたかどうだか怪しいもんだ。とはいえ、ローソクの灯りで浸かるお風呂は最高。リラックスのためにこうする人も多いと聞くけれど、窓の外も真っ暗で静かだと気分は真夜中の温泉モードである。しみじみお湯を味わって、「ふぅ〜、今日はよく働いたなぁー。」
 その気になって着物を着ると、江戸度がアップ。芸者さんの白塗りもこの暗さ故だと妙に納得。暗がりに白さは映える。唇に差した紅もさぞかし色っぽいものだろう。その甲斐もない私は、すっぴん、長屋の女房風だけどさ。

 そして夕飯の支度にかかる。手暗がりだから、凝ったことはできない。お昼に作ったおにぎりと、簡単な鍋、そしてお銚子を付ける。う〜ん、渋いぃ〜。なんだか池波正太郎、鬼平犯科帳の世界だ。
 食卓はムード満点のバーのように、色がはっきり見えない。食べるのも、いつものパクパクよりしとやかになる。お酒だって、ちびちびしみじみ味わう感じだ。ダイエットにも良いかも知れない。
 よく見えない分、五感も勘もよく働くのか、ものや状況に対して丁寧に向き合っているような気がする。気分も落ち着いて心地良い。今日のこと明日のこと、そして周りの人のこと...、物思いに耽るにもうってつけだ。
 いや、もっと行動的に秋の夜長を堪能しようと、星空を見に出たり、目を凝らして本を読んでもみたけれど、すっかり一日に満足して眠気を覚え、真夜九ツには床に入った。

 翌日からもこの調子で3日間を過ごした。初日こそ、時計が気になったり、もっと何かをしなくちゃと思いもしたが、だんだんお天道様の位置と体内時計が自然と馴染んできたようだ。影の長さとか、鳥の声とか、風と雲の動きとか、ささいな発見も新鮮だった。子供の頃の感覚を取り戻していくような安心感。心身共にとても楽で、これはきっと健康にも良いだろう。
 また、暗さへの恐れやお天道様のありがたさなど、落語、妖怪などの伝説、時代小説などの背景にある、和の感覚も少し掴めたかもしれない。今までよりもリアルさを感じられそうだ。

   いつもの暮らしを和Timeに変えることはできないけれど、たまには昔の時間をもとに一日を組み立てて、少し不便な暮らしをしてみてはどうだろう。錆び付きがちな五感を刺激できるし、人に地球に優しい暮らしだと思うのだけれど...。





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夕げの膳。5:40PM撮影
家の中は真っ暗で、移動するたび蝋燭持参。あとは勘を働かせる。


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