マカロニアンモナイト
月刊特集 写す人 第二回
写真用レンズをつくる人たち
  
富士写真光機を訪ねて −前編−
文/中山慶太  取材協力・写真提供:富士写真光機株式会社
前編目次 1 2 3 4 5 2003年1月掲載


§写経で学んだレンズ設計§

 場所を移して、いよいよレンズ設計陣へのインタビューである。

 フジノンのレンズ設計は『光学設計部』という部署が担当する。今回の取材でお話を伺ったのは、写真レンズ分野のベテラン設計者たる片桐克夫さんと大野和則さん、そして紅一点の山上領子さん。片桐さんは光学設計部を統括される立場で大野さんは設計陣の重鎮的存在、山上さんは入社1年の若手エンジニアという。

 最初に、ちょっと気になっていたことを訊いてみた。

─── レンズ設計は「学問」だと思うのですが、設計者には大学で光学技術を専攻された方が多いのでしょうか。

●大野:私の場合(入社前には)そういう方面の勉強はほとんどしていませんでした。設計のノウハウは現場で身に付けたものですね。

●山上:私も大学では物理学専攻だったのですが、実際の設計業務にはあまり役に立っていません。

●大野:私は入社が決まった時点で、ベレーク*の著書を読んで独学したのですが、まったく参考になりませんでした(笑)。入社後の1年は、ひたすらフジノンレンズの断面図(構成図)と収差図**を書いて過ごしました。

─── 諸先輩の設計ノウハウを「写経」で伝授されたという(笑)。

●大野:そういうことだと思います。

●片桐:今はコンピュータのシミュレーションで訓練を重ねます(実際の製品づくりと同様の条件で設計を行い、ヴァーチャルに評価する手法)。ここにいる山上もそろそろトライアルから実際の製品設計に従事する段階です。

 レンズ設計になぜ計算が必要かというと、光学的な性能をきちんと出すためには内部のエレメントで屈折する光線を精密に追跡しなければならないからだ(富士フイルムではレンズ設計を高速・高精度化するため昭和31年に国産第一号となる電子計算機を開発している)。もちろん設計完了までには何度も修正が加えられ、計算が繰り返される。となれば、やはりコンピュータを駆使する現代の設計環境は有利に違いない。コンピュータの高速化で何が変わったのだろう。。


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少量生産の現場には人間の手による“職人技”が伝えられる。富士写真光機では超高倍率のテレビカメラ用レンズなどに向けた特殊レンズ(直径20cmを超える大型のものもある)を手がけており、サブミクロンの精度が要求されるその生産管理には人間の経験が役立てられることも多いという。
(写真:富士写真光機)

─── 昔のレンズの設計は手動の計算機で、人海戦術でやっていたそうですね。カメラメーカーでは計算専門に学生アルバイトを雇ったりしたそうですが。

●大野:私が入社した時点で、社内に電算機はありましたけど。カードに数字を打ち込んで、リーダーで読むタイプでした。1台の機械を共有するので、仕事が立て込んでいるときはひどく待たされたことを覚えています。

─── 70年代の当時と今とではコンピュータの演算速度がまったく違うはずですが、レンズ設計に要する時間はどれくらい差があるのですか。

●大野:「劇的に縮まった」と言いたいところですが、実はそれほど差がないのです。

●片桐:昔に比べて設計の条件がより複雑で高度になって、計算の項目が飛躍的に増えていますから。具体的には超小型で薄型のズームレンズの開発などです。

─── そういう設計を昔の手法でやったら……。

●片桐:ほとんど不可能でしょう。たくさんのエレメントが鏡胴のなかで複雑な動きをしますから。

─── 大野さんの場合、だいたい年間で何本くらい設計されるんですか。

●大野:一概にはいえないのですが、年平均でだいたい二本以上というところでしょうか。一本のレンズには設計から試作まで膨大な手間がかかりますから。またレンズ設計と同時にファインダー等の光学設計もこなしています。

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少量生産のレンズ製造に人間の技を残すいっぽう、機械による量産技術も磨き上げられる。これはプラスチックレンズの成型ライン。樹脂製の非球面レンズは月産5千万個という規模で量産されている。
(写真:富士写真光機)


*注1)ベレークの著書=マックス・ベレーク(1886-1949)は独エルンスト・ライツ社の光学技術者。第一次大戦後にライカ用レンズの設計にあたり、数々の名レンズを世に送り出した。ツァイスのテッサーを改良した『エルマー』(1926)は現在も愛用者が多い。応用光学に関する著書はレンズ設計の教科書として有名。

**注2)レンズの構成図と収差図=レンズは内部のエレメント配置によって性能がまったく変わってくる。この配置を分かりやすく示すのが「断面図」で、各エレメントの曲率と硝材(光学ガラスの種類)が詳細に記される。収差図はそのレンズの光学特性をグラフに表したもの(収差についてはこの特集の巻末を参照)。



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