マカロニアンモナイト
月刊特集 写す人 第二回
写真用レンズをつくる人たち
  
富士写真光機を訪ねて −前編−
文/中山慶太  取材協力・写真提供:富士写真光機株式会社
前編目次 1 2 3 4 5 2003年1月掲載


§レンズは単独で仕事はできない§

 富士写真光機ではフジノンレンズを搭載するプロ用カメラの設計も手がけている。プロやハイアマチュアに厚い信頼を寄せられる中判機、幅広いファンを獲得するコンパクト機など、そのバリエーションは膨大な数に上る(同社のショールームには歴代の名機が陳列されている)。片桐さんと大野さんは、こうしたカメラレンズの多くを手がけてきた。


─── 大野さんは72年の入社だそうですが、最初に手がけられたレンズは。

●大野:フジカSTシリーズ(70年代初頭に登場した35mm一眼レフの系列)用の小型レンズです。

─── フジノン55mmF2.2とか、あの半端な(失礼!)開放値の……。

●大野:あれは先輩の設計したレンズですが、小型化と描写性をバランスさせるための、新しいスペックでした。当時は小型軽量のカメラに人気が集まっていましたから。鏡胴にも樹脂部品の比率を高めるなどの工夫を盛り込み、従来のレンズに比べてかなり軽く仕上げました(EBCフジノンF1.8に比べて30%近く軽量)。

─── 全体のパッケージを重視されたわけですね。ちょっと時代は飛びますけど、最近のコンパクト機などでは極限に近いまで小型化されています。ボディ側の設計と、狭い地所の取り合いもあるかと思うんですが。

●大野:レンズを沈胴(電源オフ時に全長を縮めてボディ内に収める機構)させる機種では、ボディを設計する部署との間できめ細かな設計のすりあわせが必要になります。

─── そういうときに「ここだけは譲れない」みたいなことは。

●片桐:設計目標は最初に決められていますから、なにか問題が起きればその都度話し合います。密接に連絡を取り合いながら仕事をしている、ということにしておいてください(笑)。


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超精密加工が施されたプラスチック製非球面レンズの金型。中央の十字部分の尖端に4個のレンズエレメントが見える。こうした樹脂製レンズは『写ルンです』をはじめ、CDやDVDプレーヤーのピックアップ、そして携帯電話用カメラレンズなどに用いられる。
(撮影:中山慶太)

 取材時に同席された総務部長の鳥羽山伸夫さん(かつてフジカSTシリーズの設計を手がけられた)は、「レンズ屋はなかなか譲らない」と笑っていたけど、それは「丸を四角くできない」レンズ側の事情もあるのだろう。

 ところが、大野さんが手がけたある機種ではボディと一体化させたレンズ設計が重要な役割を果たすことになる。それは「今まででいちばん設計に苦労したレンズ」だそうだ。


●大野:80年代の半ばに発売されたレンズ付きフィルム、『写ルンです』は大変でした。アクリルの単玉(1枚構成のレンズ)で、通常の設計ではまともな画質になりません。

─── 真ん中は良くても、周辺の像が流れる……。

●大野:ええ。諸収差を充分に補正できないため、本来は平面で出さなければいけない結像面(=ピントの合う面)が湾曲してしまう。素材の問題というよりも(量産化するための)コスト的な制約が厳しかったのですね。当時は現在のように非球面レンズの樹脂化は困難でしたから。いろいろ研究した結果、フィルム面を湾曲させる手法で解決できることに気付きました。

─── フィルムをピント面のカーブに合わせて走らせる*。コロンブスの卵ですね。

●大野:文献を調べると、おなじような工夫を凝らしたカメラはかなり昔からあったようです。

●片桐:『フジペット』(富士フイルムが1957年に発売した初心者向け中判カメラ)も同様の構造です。



「レンズの性能をボディで補う」というより、レンズとボディを一体化した発想は一眼レフ用レンズの設計とは別次元のものだ。この工夫により『写ルンです』は大ヒットを記録し、今もさまざまなバリエーションを生んで進化し続けている。手軽な写真の道具として定着したレンズ付きフィルムだが、もし開発陣が画質を疎かにしていたら現在の普及はなかったかもしれない。レンズ設計者は、どんな小さな作品にも“魂を込める”のである。
 さて次号後編ではレンズコーティングの話、デジタル時代のレンズの話などを伺います。お楽しみに。


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レーシングエンジン用のオイルパン? いや、これは写真処理機(ミニラボでお馴染み)の光学系に用いられる部品。複雑な形状の精密加工にはCADデータに基づく『光造形技術』が駆使されており、富士写真光機はこの分野でも世界のトップレベルにある。
(撮影:中山慶太)

*注)収差が残ったレンズでは実際の結像面はレンズ形状と同様の球面になるため、フィルム面を単純に湾曲させても厳密なピントは得られない。『写ルンです』は絞りによる被写界深度でこの問題を解決している。(収差についてはこの特集の巻末を参照)。


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