マカロニアンモナイト
月刊特集 写す人 第二回
写真用レンズをつくる人たち
  
富士写真光機を訪ねて −後編−
文・写真/中山慶太  取材協力:富士写真光機株式会社
後編目次 6 7 8 9 10 2003年2月掲載


§レンズコーティングの秘密(1)§

 今回のインタビューでは訊きたいことが多くて悩んだ。事前に用意しておいた質問への解答を、すべてこの場で披露できない(なにしろレンズ開発は企業秘密のカタマリなので)のが残念だけど、これだけは記しておきたいハナシがある。それは世のカメラ好きを惑わせる、あの深い井戸の水面のような美しい光、レンズ表面に施された『反射防止コーティング』のことだ。
 プロ用・アマチュア用を問わず、ほとんどのフジノンレンズは前玉の周囲に『スーパーEBC』の文字を刻んでいる。写真好きの方ならご存知だろう、この名称は“世界でトップクラスの性能を誇る”コーティング技術に由来しているのである。

─── 初期のEBCには、頭に『スーパー』の文字がついていませんでしたね。

●大野:ええ。写真用としては1972年のフジカST801用交換レンズが最初の採用になります。スーパーEBCはその改良版ですね。

─── ということは、写真以外の用途が先にあった……。

●片桐:実はEBCは、業務用のテレビカメラ用レンズに向けて開発された技術なのです。放送局のスタジオカメラでは早くから高倍率ズームへの要望が高く、光の反射ロスを減らす技術が不可欠でした。

─── 僕はてっきりフレアを減らすとか、そういう写真の高画質を追求して生まれた技術と思っていたんですが、違うんですね。

●片桐:ご存知のように、ズームレンズは(単焦点レンズに比べて)構成枚数が多いですね。枚数が増えると光のロスも増えていく。これはフィルムや撮像素子の感度が低くなるのと同じことです。

●大野:与えられた光をどれだけ有効活用するか。それには空気とレンズの境界面で発生する光の反射を減らさなければいけない。これがEBCの出発点です。



 通常、空気とガラスの境界面で起きる反射は約4%*という。つまりガラスの中に入る光は96%である。たいした損害ではなさそうに思えるが、この反射は光の出口である反対側の面でも起きる。ご家庭の窓ガラスを抜けた光は、ガラス自体が完全に無色透明だとして(これはまずありえない)最初の量のほぼ92%になる計算だ。
 画質を追求した写真用レンズは複数のエレメントで構成されるから、複利計算で増加する損失は無視できないほど大きい。わりあい単純な4枚構成のレンズにしても、ノンコートで造れば合計8回の反射によって光量は約72%まで低下するのだ。しかもマイナス28%の光はどこかに消えてしまうわけではなく、画質劣化の原因になる。


─── フジノンレンズはクリアな描写に定評がありますが、これはEBCに拠るところも大きいのでしょうか。

●大野:もちろん優れたコーティングにはコントラストを高める(いわゆる“ヌケの良い画質”を得る)効果があります。コントラストの低下はエレメントを通過せずに反射した光が、レンズのなかで反射を繰り返すことで起こりますから。反射を減らせばフレアやゴーストの影響も減るということです。

─── よく鏡胴(レンズを収める筒型の筐体)の内側には光を吸収する塗装を施したり植毛素材を貼ったり、反射を止めるギザギザが彫ってあったりしますが。

●片桐:その種の反射防止対策は有効ですね。サイズにあるていど余裕があるレンズだといろいろできるんですが、コンパクトカメラ用の高倍率ズームなどはそうもいきません。

●大野:レンズをスムーズに伸縮させるメカを収めるだけで大変ですから。フジノンレンズを搭載した最近のカメラでは、『ティアラ』や『シルヴィ』は苦労しましたが、おかげさまで好評をいただきました。

─── やはり優れたコーティングで反射を抑えるのが基本、ということですね。



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スーパーEBCが最初に搭載された民生用レンズは、1971年の『フジカシングルエイト』用8倍ズームだった。これはその直系にあたる? 業務用テレビカメラレンズのカットモデル。可搬型の小型モデルでもレンズ構成枚数は20枚以上に及ぶ。現代のズームは内部で複数の群が移動する『フローティング』と呼ばれる機構が採用されているが、このレンズはさらに変倍率ユニット(後から二番目の群:使わないときは下部の空間に収納する)を使って高倍率を実現している。コンピュータなしでは設計不可能、ただしコンセプトを決めるのは人間の頭脳だ。
(写真提供:富士写真光機)















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富士フイルム『シルヴィ1000』に搭載されたスーパーEBCフジノンレンズ。焦点距離28〜100mmの3.5倍ズームで、6群6枚構成。ノンコートで造れば光の透過損失は4割に達するところを、約3%のロスで済ませるのがマルチコート技術の凄いところだ。小型のボディにこの鏡胴を収めるため、レンズは伸縮する3本の鏡胴内に収められ、電源OFF時には4枚のバリアが前玉を覆う。現代のコンパクトカメラ用レンズ設計がいかに高度なものかご理解いただけるだろうか。逆光に強いコーティングに加え、開口部にはフレアカッターも装備している。

*注)これはごく一般的なガラス素材の値。反射率はガラスの種類や光の波長によって異なる。

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