マカロニアンモナイト
webマガジン「マカロニアンモナイト」特集
郵便切手のすべて
〜原始メールにアートを乗せて〜【後編】
文・写真/河野朝子
後編目次 5 6 7 8
2003年12月掲載

■5■ 切手ができるまで −4−

そんじょそこらの印刷ではない

 深く考えなくても容易に想像できることだが、切手の印刷が通常の紙媒体の印刷と同じ、てなわけには行かない。偽造を防止できるような高品位な印刷であること、耐水、耐光、耐薬に優れていて劣化しにくいこと、など一般の印刷物にはない品質が要求されているからだ。

 我々が日常目にする印刷物の多くは『オフセット印刷』という平版印刷方式で印刷されている。オフセット印刷では凹凸のない版の上に化学反応によってインクが付く部分と付かない部分を作り、その版に付着させたインクをまずブランケットと呼ばれる回転するゴム製の物に転写し、さらに圧力によって紙に刷られる。オフセットでは版と紙が接触しないためあまり紙を選ばないし、大量印刷に向いている、と言われている。

 しかし切手はそのほとんどが『グラビア印刷』によって印刷される*グラビアって言葉をよく聞くのは週刊誌などの写真ページだと思うが、それは元は印刷の方法を表す言葉である。グラビア印刷は写真印刷、美術印刷に適しているため、そういった方面では多く採用されてる印刷方法だ。

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パソコンにて作業中。

 グラビア印刷では銅でできた円柱に薬品などでくぼみが彫られ**版となり、そのくぼんだ部分にインクが埋められ、そうでない部分のインクは全てサッパリそぎ落とされる。で、くぼみに埋まってるインクを圧力で紙に直接刷り込むのだ。要するにグラビア印刷とは凹版印刷、原理的にはエッチングと同じなんである。てことは『グラビアアイドル』って『凹版印刷アイドル』なのか? なんか途端に色気がないけど『エッチングアイドル』ならビミョーだ(笑)。

 オフセット印刷は同じ濃度の網点の集合体であるため表現に限界があるのだが、グラビア印刷だと版に彫られたくぼみの深さでインク量をコントロールできるため細かい階調を表現することができる。そこでグラビアの濃度コントロールとオフセットの網点表現の長所をマッチさせた『網グラビア印刷』の登場だ。これだとさらに細かくシャープな印刷が可能で、近年『グラビア印刷』と言ったらこの網グラビアのことを指すことが多いみたいである。

 また印刷ではその網点の細かさも指定することができる。網点の細かさは『線数』という単位で表され、その数値が大きければ大きいほど高品位な印刷とされている。通常のオフセット印刷ではまずほとんどが175線なのだが、切手のグラビア印刷の線数はなんと250〜500線!

 驚くのは線数ばかりではない。一般のフルカラーオフセット印刷はシアン(青)、マゼンタ(赤)、イエロー、クロの4色で様々な色を表現するため、薄い色だとどうしても『面』ぽさに欠けるところがあるんだけれど、切手の印刷はそれら4色の基本色に縛られずにどんな色のインクも使用できるのだ。

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これがカラーマーク。一番下のボール型のカラーマークは『日本プロ野球セパ誕生50周年(シール切手)』の物。

 印刷ギョーカイではシアン・マゼンタ・イエロー・クロ以外のインクのことを『特色インク』と呼んでいて、その基本4色にさらに特色をプラスして使用するのはその分だけコストがかかるから贅沢と言われたりもする。でも切手の場合だと印刷に使用されるインクは全部特色で、だいたい5、6色使用されることが多い。要するにアート指向のデザイナーだったら一度はやってみたい贅沢印刷のカタマリが切手なんである。

 その切手がどんな色によって印刷されているかは切手シートの下の方に並んでるカラーマークと呼ばれる丸で確認できる(端に四角の場合もある)。ここをじっくり観察すると色の組み合わせの妙がよくわかるんだな。

 切手の印刷ではその各インクの色(すなわち版)ごとに線数も異なり、これはデザインによって決定される。印刷に使う色を決めたり、原画の色を版ごとに分解したり、線数を決めたりというのが国立印刷局の技術者とデザイナーのやりとりによって行われていくワケで、科学的知識や芸術的カンが入り交じった経験が物を言う根気の要る作業だ。切手の美術的な品質のため、というのもあるが、もちろん偽造を防止する上でも印刷の品位は重要である。

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印刷用の色校正(試し刷り)。ここからさらに細かいチェックをしていく。

 それと、切手のあの不思議な質感だけど、印刷された物が劣化しにくいように特殊な薬品を混ぜ込んだインクが使われているため、普通の印刷では透明なインクも切手印刷の場合は透明度が少々落ちた半透明に近い物になり、これによってあの何とも言えない切手らしい質感になってるんだそうだ。

 なんか説明していてるだけでかなり疲れる段取りだけど、最後にダメ押し一発。実は現在も手彫りの版が採用されている切手があって、印刷局の技術者が切手と同じサイズの版に手で彫っているという衝撃の事実。私はそれを知って「てっ、手で彫ってんですかぁ〜〜?」と仰天してしまった。グラビアで印刷された物の上から最後にその手彫りの凹版による印刷が重ねられて微細な凹凸ができ、よりいっそう切手! ってカンジになるってるのだそうだ。ついでにその手彫りの版の彫られ方もデザイナーが細かく指示する要素のひとつだったりする。

 実際私が所有する切手をデザイナーの玉木さんに見ていただいたところ「これも手彫り、これも手彫り」といくつか指摘していただいた(文化人切手とか日本の民家シリーズとか)。他にもたくさんあるらしい。当然、あれだけ大量に刷られる物であるからして技術者の彫った版は複製されて印刷に使われるのではあるが、イヤー、日本の切手、そこまでやるか! と恐れ入ってしまったのだった。

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原画にもカラーバーが付けられ撮影される。
※写真提供:日本郵政公社

注1
ふるさと切手など一部の切手はオフセットで印刷されることもあるらしい。オフセットと言っても400線もあるそうだが。

注2
切手印刷の場合はダイヤモンドの針でコンピューター制御により彫られる。

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※協力:日本郵政公社


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