料理としての“鍋”はいつ頃から食べられていたのか? いまをさかのぼること南北朝時代、「南朝の後村上天皇*が狸汁(たぬきじる)を賞味した」という記述が『太平記』**に残されている。 具体的な材料や調理法などは定かではないのだが、それ以前より、狩猟や漁撈で捕らえた動物の肉や魚などを“汁”に仕立てた料理が数多くあったことは間違いない。 その後、江戸時代初期に刊行された『料理物語』*3には、狸汁のほか、ふくと汁(ふぐ汁)や兎汁などについての記述も見られる。当時の狸汁は、大根・ごぼうが入った味噌仕立てのもので、ふくと汁も味噌仕立ての汁物であったらしい。 調理法をみると、やはり“汁”の域を出ていないようにも思えるが、これらの汁料理が現代の“鍋”の起源と考えられている。
しかし“鍋”の起源とはいっても、これらの汁料理には、現在の“鍋”との大きな違いがある。 当時は「ひとつの鍋を皆で囲み、直箸も気にせず食べる」という“鍋”の醍醐味ともいえる行為自体が食事のマナーとして最低でありタブーとされており、「下品きわまりないもの」として蔑まされていたのだ。 室町時代にはすでに銘々膳*4による食事が確立され、囲炉裏や竈(かまど)*5で作られた料理は汁物に限らず、料理番(といったかどうかわからないが飯炊き女や給仕係など)が一人分ずつ小椀によそって配膳されたものを食べるのが一般的。それは地位や身分に関わらず、上流階級から下々の人々にまで浸透していた。 そのような状況で現代のような食べ方をしたら、周りから白い目で見られること間違いない。
Webmaster : ammo@tokyo.fujifilm.co.jp Copyright : マカロニ・アンモナイト編集部