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ヘリコプターに乗ろう!(後編)

文・写真/中山慶太  取材協力:本田航空株式会社
後編目次 5 6 7 8 9 2004年4月掲載


§ヘリの仕掛けはかなり複雑§


 ところでヘリコプターはどれくらいのスピードが出せるのだろう。軍用ヘリはもちろん、最新の民間用ヘリなどいかにも速そうなカタチをしているのだが。

「いえ、理論上の限界は時速300kmくらいですね」と、久保さんと道野さんは口をそろえて言う。回転翼機の宿命として、そのくらいの速度域では回転するローターの先端が音速を超えて空気をはじき飛ばし、失速するのだそうだ。ちなみに航空用語の失速とは「翼の上面の気流が翼の表面から剥離する現象」で、ごく単純にいうと翼が翼としての機能を失うことである*

 固定翼のプロペラ機でも同様の現象は起きるけれど、あちらの理論限界は確か時速800kmあたりにあったはず。ヘリは意外にスピードが出ない? いやいや固定翼の小型機にしても実力は大差ないのだ(いわゆる「セスナ機」も最高速は300km前後)。ならば、回転翼機はもっと普及してもよさそうな気がするのだが。

「ヘリコプターは運用にお金がかかりますから」

 久保さんの談によれば、回転翼機のメンテナンス費用は固定翼のほとんど倍ちかいらしい。高コストの原因はメカニズムが複雑なためで、1基のエンジンでふたつのローターを回す動力伝達系はたいへん複雑で部品が多い。しかも航空機の常として、頻繁なメンテナンス(部品交換を伴う)が要求される。

「固定翼の小型機だと、エンジンは機種のまわりにちょこっと付いてるだけなんですけどね」

 でもローター(プロペラ)を回して飛ぶだけなら、ギアをいくつか使えば済みそうだ。というのはシロウトの発想で、実はヘリの偉大なしくみはこの回転メカにあるのだという。何故か。これを詳しく書くと泥沼にハマりそうなので下に簡単に書いておく**けど、ヘリコプターの巨大な回転翼は竹とんぼのようにぐるぐる回るだけでなく、とても精密な仕掛けで動いているのだ。推進力と揚力を明快に分離した固定翼機に対し、回転翼機は両者をひとつのローターでまかなうのだから、むべなるかな。

 しかもその繊細なしくみの制御を受け持つのは、コンピュータならぬ人間のワザである。




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本田航空のヘリ格納庫。手前の赤いノーズはアエロスパシアル社のSA365Nで、エンジンをふたつ積んだ双発なのにメインローターはひとつというユニークな成り立ちの機体だ。AS350Bよりふたまわりほど大型で定員は9名、航続距離も900kmを超える。









*注1:「失速」は翼の迎え角が過大な場合や飛行速度が一定の限界以下になると生じる。これは翼が機体の運用速度に合わせて設計されているためで、この速度域を外れると翼上面の静圧が上昇し、揚力が急激に減少して抗力が増大する。この結果として飛行高度と速度が落ち、最悪の場合は墜落につながる。


**注2:ヘリコプターの飛行には主としてメインローターのピッチ(軸に対する角度)を変えるふたつの制御技術が用いられる。「サイクリック・ピッチコントロール」はローターが1回転する周期のなかでピッチを連続的に変化させることで、ローターに働くジャイロ現象を利用して回転軸を任意の角度に制御、前後左右どの方向にも推進力を与えることができる。これに対し「コレクティブ・ピッチコントロール」はピッチ角を一様に変化させて浮力を増減させる。ヘリの自由自在な三次元運動はこの両者の組み合わせで可能になる。

§ヘリコプターの歴史(4)§

 イゴール・イワノビッチ・シコルスキーは1889年生まれ。没年は1972年だが、齢83歳で亡くなるまでの人生のうち、彼が祖国ロシアで暮らしたのは三十余年に過ぎない。第一次大戦終結のきっかけとなったロシア革命で国を逃れたシコルスキーは、祖国では航空機の設計者として有名だった。

 彼がウクライナ・キエフの自宅で試作したヘリコプターを亡命先の米国で完成させたのは1939年のこと。VS-300と名付けられた機体は翌年からデモフライトを行い「機体が空中でバックするのを観た地上整備員が精神科医を訪ねた」という逸話が残っている。まあこれはよくある伝聞のようにも思えるが、固定翼機の概念をうち砕く回転翼機は確かにセンセーショナルだったのだろう。

 二十世紀初頭からそれまでの40年間、実用化に近づいた回転翼機はいくつか先例があったものの、VS-300は現代のヘリコプターにきわめて近い形態を持っていた。それは胴体前部にメインローターを、細く伸びた尾部にテールローターを備え、メインローターにはサイクリック・ピッチコントロール機能を採り入れていたのだ。


ヘリコプターの歴史
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アエロスパシアルAS350Bの動力源、フランス製チュルボメカ・アリエル1B型エンジン。ジェット燃料を使用して641馬力の最大出力を絞り出す。ガスタービン(ターボシャフト)エンジンは自動車などでおなじみのレシプロエンジンに比べ、きわめて小型軽量かつ高出力が特徴。近代におけるヘリコプターの進化はこの分野の技術開発によるところが大きい。

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