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化粧師の世界(前編)

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文・写真/中山慶太  取材協力:坂東流 三津加会

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2004年9月掲載


§アーティストの仕事場を訪ねて§


 のっけからカタイ話で恐縮だが、「師」という字には大別してふたつの側面がある。「教えをもたらすひと」を指す場合と、「多く集まる」という状態をあらわす場合だ。前者は教師のようにお手本を示し尊敬を集める存在を意味し、後者は師団のように軍隊などの集団をあらわす。

 漢字はシンプルな意味を持つ字を合成して別の字をつくることができ、その結果としてひとつの字でより複雑な事象や状態をあらわすようになる。そこで「師」を偏と旁(へんとつくり)に分解すると、偏は「土の層の重なり」つまり地層を、旁は「あまねくめぐる」という意味を持つらしい。つまり「師」のもともとの意味は、多くのものを結集したひとや状態を指すのである。

 ところで平成16年の世の中を見わたすと、「何々師」と呼ばれるひとの数はそれほど多くない。狂言師のように人間国宝的なイメージが重なる職業もあるけれど、詐欺師のように印象芳しからぬ俗称もある。教師や医師などの例外を除けば、おおむね日常性に欠けるといってもいい。僕らが仕事で交換する名刺にしても、意味不明のカタカナが記されていることは珍しくないけれど、「何々師」という肩書きを見ることはほとんどない。

 それはなぜかというと、もともとこの字を冠した職業の多くが会社社会に馴染まない、独立した個人やちいさな集団として活動しているからだ。それは職業別電話帳には載らない高度に専門化した職能集団、本物の職人の世界である。

 意識を持って探さなければ存在を識ることはできない、しかしそのなかには膨大な知識や技術が息づいている、そういう世界に棲むひとたちを訪ねてみよう。



 ここにひとつの職業がある。化粧師と書いて「けわいし」と読む。読んで字のごとし、日本の伝統的な化粧を生業(なりわい)とするひとたちだ。その活動の場は今では芸能(多くは古典芸能)の世界に限定されているけれど、かつてはより幅広い間口を持ち、女性の美の表現をサポートしてきた。今風に言えば「メイクアップアーティスト」ということになるのだろう。

 そのアーティストに会いに、東京・半蔵門にある国立劇場を訪ねた。三月末の晴れたこの日、劇場の楽屋は化粧師の仕事場になっているという。催し物は日本舞踊、略して日舞。言葉には聞き覚えがあるものの、その幕の内側については化粧師と同様にあまり馴染みがない、という方も多いだろう。僕も不明という意味では人後に落ちず、古典芸能は年に1回くらい歌舞伎を観る程度である。

 日本の古典芸能にあって日舞は独特のポジションにある。歌舞伎ほどには商業化していないし、能や文楽ほど国家の手厚い保護も受けていない。それでいてこの世界に身を置くひとの数は他のどの芸能よりも多いらしい。趣味で歌舞伎を習っているひとはかなり特殊な例だろうけど、日舞を習っているひとはそれほど珍しくない。理由はよく分からないのだけど、たぶんこの芸能が女性に特化されたジャンルであり、興行よりも教養や立ち居振る舞いなどを磨く「お稽古事」として伝承されてきたためだろう。

 さて国立劇場(その名称とはうらはらに、鉄とコンクリートの巨大な建築だ)の裏手にまわり、楽屋口をくぐるとそこには芸能特有の華やぎが満ちている。出番を待つひと、その関係者、義太夫や長唄、囃子など音曲を司るバックミュージシャンたちが廊下を行き来するさまを見れば、誰でもここが日常と隔絶された小宇宙のように思えてくる筈だ。

 その廊下に面した小部屋の戸口にちいさな紙が貼られ、楷書で「顔師」と記されている。


仕事1
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「化粧師の仕事〜その1」

今回の演目「猩々」の化粧が完成するまでのプロセスを順を追って観ていこう。最初に髪を羽二重(はぶたえ:縦糸に撚りをかけない生糸を用いた柔らかい絹織物)で覆う。これは化粧師である白粉方(おしろいかた)ともう一人、舞台用の鬘(かつら)を扱う床山さんの二人がかりの作業になる。

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仕事2
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「化粧師の仕事〜その2」

化粧の下地をつくる。鬢付け(びんづけ:生蝋を植物油で練って香料を混ぜたもの)と呼ばれる油を肌に擦り込み、皮膚に緊張感を与える。この鬢付けで眉も潰してしまう。もとの顔立ちと違うメイクを施すためだ。

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