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午後一時に開始されたこの日の番組(こう書くとTVプログラムのようだが、そもそもの語源はこちらにある。番とは能や狂言の曲数をあらわす単位で、番組はその順列を記したものだ)は全部で十六。終演の午後六時過ぎまでに総勢二十一名の方が出演されるので、それをサポートする裏方のひとたちももの凄く忙しい。なかでも化粧師の忙しさは群を抜いている。なにしろ二十人以上のメイクに与えられた時間は4〜5時間しかなく、それを少人数のチームでこなすのだ。
この日の取材は事前にお願いしてあったので、出演者の一人の化粧プロセスをじっくり撮影させていただくことができた。取材はその後、すべての出演者の化粧が終わってから、という段取りである。
撮影の前後に、狭い戸口の脇に立って化粧師の仕事場を観察する。鬢付けの独特の匂いがただようなか、メイクの順番を待つ女性たちがひっきりなしに行き来するさまは観ていて飽きることがない。「顔師」の仕事部屋の廊下を挟んだ向かいには「床山」の紙が貼られた小部屋があり、その戸口脇には舞台用の鬘(カツラ)を収める箱が積み重ねてある。部屋のなかを覗くと、大きな棚に鬘が並び、携帯用のガスコンロなどさまざまな道具が用意されている。訊けばこれは髪型を細かく調整するために使うのだそうだ。
さて、撮影の順番がやってきた。被写体は坂東晃朱緒(ばんどう・こうしゅお)さん。この日彼女が踊る曲は歌舞伎でもお馴染みの「猩々」(しょうじょう)である。これは同名の能の演目から転化された曲で、もともとは中国に伝承する民話を下敷きにした曲だそうだ。猩々は妖精のことという。
密室の雰囲気が漂う仕事場に脚を踏み入れると、そこには総勢三名の化粧師チームが黙々と手を動かしている。メインの化粧を施す顔師(日舞では顔の化粧を専門とする化粧師をこう呼ぶ)、その見習いの白粉方、さらに両者をアシストする見習いさんという布陣。それぞれの分担はきちんと決められており、仕事中の会話はほとんどない。偶に交わされるのは「こちらへどうぞ」「お願いします」「ありがとうございました」という職人と踊り手の挨拶だけ。ただし顔師は最初に相手が踊る曲(演目)と役柄を確認してから仕事にとりかかる。それぞれの曲によって化粧は異なり、すべての演目に精通していないとプロの顔師は務まらないのだそうだ。
仕事のプロセスもシステマティックに組まれており、常に二人〜三人分の化粧を時間差で並行して進めていくこともあって、仕事は立て板に流れる水のように進んでいく。撮影するこちらもカメラボディを複数用意して、フィルム交換の手間を省かないとシャッターチャンスに対応できない。この日は伝統芸能の撮影とあって35mm判2台と6×6の中判を1台、それぞれフィルムカメラで用意したけれど、コンパクトなデジカメの方がストレスが少なかったかもしれない。
それにしてもこのぴんと張りつめた雰囲気はなんだろう。出番を間近に控えた踊り手の緊張感もさることながら、その場を支配するテンションは明らかに顔師の手先から漂うものだ。日舞の化粧は歌舞伎などと同様、いったん踊り手の顔の造作を潰してから演目に合わせた顔を描く。特に目元や唇の化粧は細い筆で息を止めて一気に描く。中判一眼レフの発するシャッター音も気が引けるような、それは繊細な技なのだった。
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「化粧師の仕事〜その3」
鬢付けで下地をつくった後は「白塗り」というプロセスに移る。日舞の化粧に用いられるのは練白粉とよばれる素材で、これを水に溶かして幅広の刷毛で塗り、その後さらに幅の広い刷毛で伸ばしていく。真っ白に塗られた顔はデスマスクのようで、ほとんど山海塾である。いったん顔を真っ白に潰した後は首筋、胸元にも白粉を塗る。
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