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お花見へ行こう!〜サクラ前線 北上中〜(後編)

本文/本小まゆみ  写真/マカロニ・アンモナイト編集部  撮影テクニック/青木栄次郎

後編目次5【6】78 2005年4月掲載

サクラと花見は、日本の文化


老若男女さまざまな人々が、思い思いに夕暮れ時のお花見。
使用カメラ:FinePix F700  撮影条件:風景モード  ISO200 F3.2 1/100秒 撮影地:東京都世田谷区・砧公園(2004年3月)



『日本人ってなんで桜の木の下でパーティするの?』



 知人の外国人からそう聞かれて「それが日本の文化だから」と答えたことがあるのは、私だけではないはず(と思いたい)。

 でも“お花見”は本当に“日本の文化”なのか?
 そもそも“お花見”はいつごろからおこなわれてきたのか??

 そのまえに、まず“サクラ”の語源について調べてみた。

 もともと“サクラ”とは、稲や穀物の霊をあらわす“五月・早乙女・早苗”などの頭文字《サ》と、神座を意味する“坐《クラ》”語源*であり、古くは農民たちが田植え前に豊作を願う“神聖な木”だったといわれている。
 この神聖な木(=サクラ)に農民たちが豊作を願う儀式がお花見のルーツ… という説もあるにはあるのだが、どうも現在のそれとは少し違うように思われる。

 では、現在のような“桜のお花見”を日本ではじめておこなったのは誰なのか。

 もっとも有力とされている説は、
“812年に嵯峨天皇が神泉苑で催した花宴*2”がお花見のルーツ
というもので、この花宴を皮切りに、平安時代の貴族の間でお花見が盛んにおこなわれるようになった。

 ちなみに、今に伝わる京都御所・紫宸殿(ししんでん)*3の『右近の橘、左近の桜』は、もとは『左近の梅』で、嵯峨天皇の第2皇子・仁明天皇のときに、それまでそこにあった“梅”“桜”に植え替えられたそうだ。

 平安〜安土桃山時代にかけては、お花見に関するたくさんのエピソードが現在に伝えられているが、なかでも代表的なものといえば、豊臣秀吉がおこなった『吉野の花見』『醍醐(だいご)の花見』だろう。

 1594年に秀吉によって催された『吉野の花見』には約3,000人が参加。徳川家康や前田利家など蒼々たるメンバーが、南蛮(ポルトガル風の)服で仮装行列をするなど、豪勢な花見だったと伝えられている。

桜の木の下でパーティ。
使用カメラ:FinePix F700  撮影条件:AUTO標準  ISO160 F5.6 1/320秒 撮影地:神奈川県川崎市高津区(2004年4月)





桜をバックに記念写真。
使用カメラ:FinePix F700  撮影条件:風景モード  ISO200 F8.0 1/170秒 撮影地:神奈川県川崎市・生田緑地(2004年4月)





ここでも桜の木の下でパーティ。
使用カメラ:FinePix F402  撮影条件:AUTO標準  ISO200 F8.0 1/210秒 マクロON 撮影地:東京都世田谷区・多摩川土手(2004年4月)



 また、『醍醐の花見』は、秀吉が亡くなる5ヶ月前の1598年3月に催された花宴で、この花見のために秀吉は“醍醐寺”を再建し、全国から集めた700本の桜の木を境内に植えさせたという。

 このように、貴族から武士へと世が変わってもお花見は廃れることなく、上流社会の娯楽のひとつとして楽しまれていたのだが、庶民がお花見をするようになったのは、江戸時代も半ばになってからのことだった。

 貴族や武士などの娯楽“お花見”を庶民に広めた人物…
 それが8代将軍・徳川吉宗である。

 1716年に8代将軍となった吉宗は、幕府の財政難を解消するために質素・倹約路線を突き進めなるなかで、江戸庶民になにか楽しみを与えたい*4と思い、隅田川堤(向島)や飛鳥山(王子)、御殿山(品川)などに桜を植えさせて一般に開放した。
 これらの場所は、桜の季節になると行楽スポットとして賑わいをみせるようになり、庶民にもお花見の風習が定着していったのである。

 こうして現在へと引き継がれてきた“お花見”は、立派な“日本の文化”といえるのではないだろうか。

 … と、ここまでちょっとカタイ話が続いたので、次ページでは気軽に読める“海外の桜の名所”についてお話ししよう。


*注1:語源
『古事記』に出てくる木花開耶姫(コノハナサクヤヒメ)の“サクヤ”が語源という説もある。

**注2:812年に嵯峨天皇が神泉苑で催した花宴
この花宴のことは『日本後記』(840年選進)に記されている。神泉苑(しんせんえん)は京都市に現存する寺院で、平安京の最古の庭園といわれている。

***注3:京都御所・紫宸殿(ししんでん)
紫宸殿は、歴代天皇の即位の礼などが行われてきた由緒ある場所。もちろん『右近の橘、左近の桜』も健在。雛(ひな)祭りのときの雛壇(ひなだん)に“橘”“桜”を飾るのも、ここにあやかっているそうだ。

****注4:江戸庶民になにか楽しみを与えたい
そのころの江戸の町は放火が多く、人々の心が荒みがちだったため「庶民に桜(花見)でウップンをはらしてもらいたい」という気持ちもあったようである。

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東京・上野公園のサクラ。
江戸時代は
暮六つまでとされており、夜桜見物は禁じられていたそうだ。
撮影/本小まゆみ 
使用カメラ:FinePix F401  撮影条件:AUTO標準  ISO200 F2.8 1/480秒 撮影地:東京都・上野公園(2004年3月・夕方17:11)





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東京・隅田公園のサクラ。
それにしても“庶民の楽しみ=お花見”と考えた吉宗は、よっぽど桜好きだったのだろうか(笑)。
撮影/本小まゆみ 
使用カメラ:FinePix F401  撮影条件:AUTO標準  ISO200 F7.0 1/4秒 ストロボ強制ON スローシンクロ 撮影地:東京都・隅田公園(2004年3月)





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ライトアップされた隅田川沿いの桜並木と、夜桜見物にくり出した屋形船。
使用カメラ:FinePix F401  撮影条件:AUTO標準  ISO200 F2.8 1/4秒 撮影地:東京都・隅田川(2004年3月)








桜キレイ撮りテクニック その9
桜のスケール感を再現する

豪華絢爛に咲く桜を一枚の写真で表現するのは難しいかと思います。特にレンズが交換できない普通のコンパクトカメラでは広い風景を撮るのにも限界があります。そこでおすすめしたいのがレタッチソフトを使ったパノラマ写真。複数の写真を重ね合わせることで広がりのある作品に仕上がります。写真の合成は安価なレタッチソフトでもできるテクニックなのでぜひチャレンジしてみてください。


少しずつカメラの写す位置を変えた写真を何枚か撮っておきます。(写真上)

レタッチソフトを使って一枚の写真に合成。(写真下)
→パノラマ画像拡大表示

レンズの広角側(ズームをしていない状態)では周辺がゆがむ可能性があるので、少しズームしておいた方が自然に重ねることができます。
作例撮影/青木栄次郎 
使用カメラ:FinePix S2 Pro(フォトショップで画像を合成) 撮影地:東京都千代田区・千鳥ヶ淵(2004年4月)




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