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イタリア幻想写真集『ヴェネツィア、霧の光景』


文・写真/篠 利幸

前編目次|【】|34 2005年5月掲載

■幻想的な水上の都



 最初、ローマのヴィットリオ・エマヌエーレ二世通りにあるプレジデントという4星のホテルに泊まったのですが、ホテルを出た瞬間に腰のベルトからいくつもの鍵の束をジャラジャラとぶら下げた男を見たときには、ドロボーが白昼堂々と合鍵を下げて歩いているんだ、これは相当油断できないぞと思ったわけです。今になってみると、確かにドロボーが多いので一般の家庭のドアにも3つや4つの鍵がついていて、建物や駐車場、倉庫など合わせればあっと言う間に鍵の束が出来てしまうと理解できるのですが、当時のガイドブックの情報ではとにかくドロボーに注意でしたから必要以上に疑り深くなっていたのですね。今は首や肩からカメラをぶら下げてローマでもナポリでも歩き回っていますが。





 季節は7月の下旬から8月、まさに真夏のイタリアで空はあくまでも青く、太陽はプラチナのように輝いていました。しかし、ローマでは質の悪いガソリンの匂いに、フィレンツェでは大きな蚊と蒸し暑さに辟易しながら、それでも朝の7時頃からようやく日が暮れる8時、9時まで歩き回っていました。真夏の炎天下を画材とカメラを持って歩くのですから日増しに疲労は増して、おまけにバールでサンドイッチひとつ買うにも言葉がほとんど通じないストレスもあってフィレンツェでは歩行中に倒れて通行人に宿まで担ぎ込まれたほどで、フランス語圏のニースに入ってやっと自分を取り戻した安堵感を得ました。





 ところが帰国して撮影した写真を見るとなぜかイタリアが多く、またとても懐かしく感じるのです。ことにヴェネツィアには渡欧する2年ほど前から知り合いになったグイド・ブゼットという友人の実家があり、彼は当時、平凡社で出版される『ヴェネツィア案内』という新書判の本を準備していましたので、ヴェネツィア滞在中は彼の家に世話になっていました。ヴェネツィアは出発する前からガイドブックなどの写真では見ていましたが、実際に現地に着いて、サンタ・ルチア駅の前にあるスカルッツィ橋の上から大運河を眺め、建物が本当に水の上に造られている光景を見た時にはやはり言葉も出ないほどの感動でした。それ以来、私はすっかりこの幻想的な水上の都に魅了され続けて来たのです。  私が絵の仕事から写真に転向したのは1985年のことで、当初は絵画作品の展覧会のために銀座の画廊を予約したのですが、イタリアから帰国して会期までの制作日数を考えたら1ヵ月ほどしかなく、これは困ったと思いつつイタリアで撮影してきた写真を画廊主に見せたらとても興味を持って頂き、急遽写真展に変更したのです。最初にイタリアに行ったときには風景ばかりの写真でしたが、この頃にはすっかりイタリアが好きになっており、被写体の対象も人物が主体のスナップでした。そこで写真展のタイトルも『イタリア、人景色』として以後10数回、このタイトルで個展を重ねてきました。2001年の『日本におけるイタリア2001年』のときにフジテレビが東京ビッグサイト(東京国際展示場)で開催した『イタリアまつり“TUTTA ITALIA!!”』でもこのタイトルで大きな写真展を開催し、この時にはフジフイルムからも協賛を頂きました。




 話をヴェネツィアに戻しますが、パリと並んでヴェネツィアほど写真家を魅了する都市は少ないでしょう。現地在住ではフルヴィオ・ロイターが知られていますが、色彩の魔術師と呼ばれたエルンスト・ハースも数多くの傑作を残していますし、日本人では木村伊兵衛、また奈良原一高氏は夜のヴェネツィアを撮影した素晴らしい写真集を出しています。ヴェネツィアは昼となく、夜となく写真家を魅了する不思議な光を感じる都市なのです。私が絵から写真に転向することに迷っていたとき、たまたま知人の家に滞在していたエルンスト・ハースと電話で話し、彼もまた画家を志していて写真に転向したのだけれども、表現の方法が違うだけで同じヴィジュアル・アートだよ、という一言で私の心も決まったのです。




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