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webマガジン「マカロニアンモナイト」特集
マカロニアンモナイト
築地場外・写真散策
〜フォトジェニックな市場を歩く〜


写真・文/中山慶太

【目次】12【3】45 2008年5月掲載
3.ガンコな街を愉しむ秘訣


築地玉子焼三代目・齋藤元志郎さん。伝統を守り続けるいっぽうで、新商品の考案にも余念がない。「玉子焼は食事のおかずだけでなく、お茶請けのお菓子感覚でも味わって欲しい」という。



 世の老舗には「創業百何十年」を謳(うた)う大店も多い。でも築地中央市場は、その成立からまだ八十年あまり。つまりコミックや映画のタイトルにある三代目とは、「この街でいちばんの老舗」という含みがあるようだ。築地は意外に若い街なのである。

 とはいえこの街で暖簾(のれん)を三代守り続けるということは、それなりの苦労があったはずだ。築地の顧客層はプロ中のプロなのだから。
「やはり暖簾は重いですよ。事業を拡大しても、おなじ味を守り続けなければいけませんから。新しい商品を考えるときでも、果たしてそれが松露の味なのか、昔からのお客さまに納得していただけるのか、そこは外せませんから」

 齋藤さんのお店は伝統の味を守るため、素材の調達にもことのほか気を遣う。良質な鶏卵を安定確保するために、茨城県の養鶏業者と契約、さらに契約を一本化するなどの努力を続けてきた。
「鶏卵は飼育環境が違うと色や味に違いが出るのです。それが製品のばらつきにつながる。だからおなじ環境で産み落とされた卵しか使わないことにしました」

 そうして評価を得た松露の玉子焼は、今ではネット販売のルートにも乗り、遠くは中国からの問い合わせもあるという。
「でも店頭販売はやはり基本ですね。月に一度くらいみえる方で、名古屋からお越しの方がいらっしゃいます。そういう方とお話をしていると、伝統を守り続けることのたいせつさを思い知らされます」

 店内の事務机でももうすでに息子さんがパソコンに向かい、その脇に子供の描いた似顔絵が貼られていた。お孫さんの作品だそうである。築地四代目、五代目も立派に育っていくのだろう。



黄金色に輝く玉子焼。江戸前の味は「甘さ控えめ、後味すっきり」、上品な舌触りと程良いダシの香りは格別だ。



 午後の陽もすこし傾き、そろそろシャッターを下ろす店が目立ちはじめるなか、写真を撮りながら最後の店に向かう。この日の取材で最後に伺ったのは、こちらも老舗の「近江屋牛肉店」だ。

 現当主の寺出昌弘さんは現在43歳で、やはりお店の三代目にあたる。いわば“生まれも育ちも築地でいっ”という生粋のひとだが、大学を出て家業を継いでからも場外の変化を敏感にとらえ、今では商店街でつくる「築地食のまちづくり協議会」の中心的な役割を果たしているらしい。

 ずばり、築地場外のアイデンティティはどこにあると思いますか。
「やはり“目利きのお客さまで鍛えられた街”ということでしょう。お客さまには値段の比較ではなく、売り手の比較をしていただければ、と思っています」

 築地は安くはない?
「比較対象によりますね。たとえば歩いて十分ほどの銀座に比べれば、築地はおなじ品質でもずっと安い。でもアメ横のように値引きをする習慣はありませんし、その分こだわった商品を扱っているという自負があります」



近江屋牛肉店の店主にして、築地場外の未来を牽引する寺出昌弘さん。今では少なくなった「鯔背で快活な」江戸っ子だ。店舗の真っ赤な庇は遠くからでもすぐに目に付く。



 築地とともに育った寺出さんは、その変化もつぶさに観てきた。「売り手の気持ちと伝統は変わらない」と信じつつ、今の場外が世の中の価値観の変化に、じゅうぶんに対応できずにいる歯がゆさも感じているという。
「昔は殿様商売だったと思いますよ。(場外は)場内ほどではないけれど、店が客を選んでいた部分もあります」

 それは築地という場所に吸引力があったからだ。ではその吸引力は失われつつあるのだろうか。
「いえ、やはり築地には固有の文化、他にない個性があります。それは目利きのお客さまを相手に鍛えられた、築地場外だけのものです。もうひとつ、この場外という区画には食に関連したあらゆるお店が密集しています」

 つまり“ひとまわりすればなんでも揃う”、まるでデパート感覚のショッピングが愉しめるのだそうだ。


「はじめてのお客さまが築地を愉しむ方法ですか? それは欲しいものについて店と相談する、プロのアドバイスを求める、ということに尽きるかもしれません。そうして顔馴染みになると、いろんな無理が言えるようになります」
 確かに、昔はそうだったのだ。それがスーパーなど大規模小売店での買い物が一般化するにつれ、僕らは無言で買い物をするようになった。ネット販売ではなおさら、である。



市場散策の醍醐味は人物ウォッチ。買い物の合間に声をかわすだけで、素朴で実直な土地柄を実感できるはずだ。有名豆腐店「築地野口屋」店頭で懐かしい豆腐ラッパを吹き鳴らす店員さん。



 築地エリアの中心である中央卸売市場(場内)は、東京都による移転計画が進行中だ。あちらは公設市場だから、時代の変化への対応はどうしても行政主導になる。いっぽうこちらの場外は私設市場。場内が移転した後も独自に水産マーケットを設ける計画があるようだが、今の姿とは違ったものになっていくだろう。店舗の営業時間も、普通の消費者の生活サイクルに近いものになると思う。

 でも変わって欲しくない部分も、この街にはたっぷり残されている。それは店舗のシャッターが降りて人通りが絶えた街の、ちょっと湿った路地裏の、昭和が色濃く残る空気だったりする。

 その空気を吸えるうちに、ぜひこの街に出かけてみて欲しい。



午後三時の築地場外。すでにほとんどの店舗が営業を終了し、ここから深夜までは飲食店が街の主役となる。



取材協力:築地食のまちづくり協議会/本願寺築地別院(築地本願寺)






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マカロニアンモナイト特集「築地場外・写真散策」
【目次】12【3】45 2008年5月掲載
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