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* 週刊フォトエッセイ*

週休六日のススメ

  文・写真/福山庸治 --->Back Number 




142 「ミザリー」な環境

 スティーブン・キングの小説に、「ミザリー」という作品がある。
 キャシー・ベイツの主演で映画にもなった。
 あまりにも有名な作品なので、敢えて詳しい説明は控えるが、この映画のもう一人の主人公である売れっ子小説家は、彼の小説の No.1 読者と称する中年女に監禁され、彼女の熱愛する「ミザリー」という小説の続編を書くことだけを強制される。その中年女をキャシー・ベイツが演じるわけだが、彼女のキャラクターのせいか、あるいは、ロブ・ライナー監督特有の作風のせいか、映画は小説の持つ陰鬱な重苦しさに較べると、かなり明るくユーモラスな印象があった。

 この売れっ子小説家の置かれた状況は、作家として、これ以上ない理想的な執筆環境である、と評された。なにしろ、小説を書くこと以外の一切の自由を奪われてしまうのだから、理想的といえば確かにそうだ。
 そう評した者は、周りにもいた。いや、ほとんどそうだと言っていいかもしれない。担当の編集者たちである。彼らは、独りの時間は売るほどあっても、それをなかなか原稿描きのほうに費やそうとしない「週休六日」な僕に、「ミザリー」状態にすれば描くしかないでしょう? と冗談とも本気ともつかない調子で言う。目が笑っていないので、機に乗じた本気なのであろう。

 しかし、ほんのちょっと考えてみると、「ミザリー」な環境にいるマンガ家は、日本にはいくらでもいそうである。売れっ子という冠詞がつけば、ほとんどすべてそうかもしれない。売れっ子マンガ家が世に五万といても、その顔を誰も知らないのは、きっと「ミザリー」の家に囚われていて、外へ出ることが許されていないからである。いや、絶対そうに違いない。もっとも、理想的執筆環境から脱走しようとして、斧で足首の骨を砕かれたという話は、いまのところ聞いたことがない。


2002年07月10日掲載

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