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* 週刊フォトエッセイ*

週休六日のススメ

  文・写真/福山庸治 --->Back Number 




178 アサリ〜にシジミ〜

 アサリにシジミは、今でもごく普通の食材だが、僕がまだビールの味を知らなかった頃は、今よりずっと大衆的な値段だったはずである。と思うのも、我が家はビンボーな子沢山の大家族だったにもかかわらず、一旦アサリが食卓に上るや、ものすごい量の貝殻の山が出現したからだ。そう、家族全員で潮干狩りにでも行った日の食卓のような量なのだ。もし今のような水準の値段だったら、今は亡き父母には失礼な言い方だが、我が家があんなに景気よくガシャガシャと食べられるわけがない。それとも、アサリが食卓に出た日は、何か特別な日だったのだろうか?

 アサリ、シジミは、行商が売りに来ていた。
 有明海で採れたものだろう。僕は九州福岡県の生まれだが、その売り声は「アサリ〜〜にシジミ」という、誰でも知っている例の名調子であった。
 行商から買うものといえば、豆腐や納豆などもあった。これまた例のプープーというラッパ風の音に、「なっと〜、なっとなっと〜〜」という、日本標準の売り声だった。みんな自転車である。思えば、のどかな時代であった。

 そのアサリの料理法だが、至ってシンプル、大きな鍋で湯を沸かし、そこに多少の塩とアサリを流し込んで茹でるのみである。正直言って、母は大雑把な性格の上、料理好きではなく、料理上手でもなかったから、そういった、あまり工夫のない料理を作ることが多かったのだが、このアサリの料理については箸の運びも良く、それはそれで美味しかったようである。ようであると書くのは、僕は当時大変な食わず嫌いだったため、アサリもまた食べられないものの一つだったのだ。

 以来、まだその料理を僕は一度も口にしたことがない。
 アサリは、今は大好きである。個人的な食材ベストテンに入れたいほどだ。
 なのに、口に出来ないのには、もちろん理由がある。が、大した理由ではない。
 というのも、アサリを茹でるだけの料理ならば、いとも簡単に作れるので、一度は母が作った方法で食べてみようと思うのだが、母よりははるかに料理好きの僕は、つい酒蒸しにするとか、味噌を加えたり、コンソメ味のスープにするなど、もう一手間掛けてしまうのである。


2003年04月09日掲載

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