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* 週刊フォトエッセイ*

週休六日のススメ

  文・写真/福山庸治 --->Back Number 




188 スパイたちの視線

 ところが、小さすぎる町から脱出したつもりなのに、今住んでいる町が、最近再び小さくなってきた。というのも、僕が非常勤講師をしている専門学校の学生が、僕の行く先々に潜伏して、僕をスパイしているらしいのである。

 というのは冗談であるが、最近「福山先生と奥さんが一緒にケーキを買っていた」というような目撃談を学生が喋っていたらしいことを間接的に聞いた。先日など、某スーパーでレジに並んでいると、そのレジの若い女の子がしきりに僕の顔を見る。何だろうと気になったのだが、まさかみみっちく半額商品ばかり買っているからでもないだろうし、そういう客なら他にもたくさんいる。もしかしたら専門学校の学生で、アルバイトをしているのかもしれない……などと思い至ったのは、帰宅後のことなので確認のしようがないが、そういうことが僕の身辺にポツポツと起こるようになった。

 専門学校は全国区なので、けっこう遠くから来ている学生もいるが、基本的には地元周辺の学生がほとんどである。地元学生はもちろん、遠くから来ている学生も、学生寮や学校近くのアパートに住んでいるから、彼らと僕の生活圏は重なる部分が多い。現に、自転車で五分と離れていない場所に住んでいる学生とは、某ドラッグストアのチェーン店に於ける客とアルバイト店員という関係である。

 東京に生活圏を移して以来、マンガ家という職業の特殊性も手伝って、ずっと匿名性を享受してきたが、このように、最近はほんの少しだけ世間が狭くなり、小さな町化してきた。だが、その少し小さくなった町を僕は楽しんでいる。小さくなったとはいえ、十分に巨大な町であり、今は僕が高校生だった頃と違って車もある。昔、東京砂漠といわれた時代にも、僕は一度として都会の孤独を感じたことがなく、はるかに匿名性のありがたみのほうばかり味わってきたが、適度の町の“狭さ”は、どこかホッとする部分もあることを、今頃になって感じているのだろう。


2003年06月25日掲載

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