* 週刊フォトエッセイ*

週休六日のススメ

  文・写真/福山庸治 --->Back Number


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207 マンガ家の行動範囲(1)

 どちらかというと出不精である。
 マンガ家という、出不精を半ば職能化したような仕事についたから出不精になったのか、元々その傾向があったからマンガ家になったのかと問われれば、答えはもちろん後者である。毎日わざわざ遠くへ出かけなくても糧を得られれば、こんな楽なことはない。どこかへ出かけたいと思ったら、出かければいいだけの話だ。

 そういうふうだから、僕は何十年もマンガ家をやっていながら、出版社という所にもほとんど行ったことがない。覚えている限りでは、双葉社と少年画報社と東京創元社の三社だけである。双葉社は、僕がデビュー作となる原稿を持ち込んだ出版社で、一応駆け出しのマンガ家になったとはいえ、原稿が完成するなど編集部に用があれば、僕のほうから出向くという時代がそこそこ続いた。また、こちらからは用が無くとも、編集部のほうから呼び出しが掛かり、社で待ち合わせた後、新宿方面のネオン街に繰り出すというようなこともしばしばあった。接待交際費がじゃぶじゃぶ使えた、高度成長期真っ直中だった頃の話である。

 少年画報社も同じく原稿の持ち込みに行ったのだが、いきなり連載ということになったので、二度ほど訪問したっきり、あとは編集者のほうが僕の元へ訪れるようになった。
 東京創元社の場合は、描き下ろしの単行本を上梓するに際し、5百冊ほどのサイン本を作って欲しいということで、サインを書きに、一度だけ社にお邪魔したものだ。ビルの中に畳の部屋があり、そこへ500冊が次々に運び込まれるのだが、自分が描いた本を、一度にこれだけの数見たのはもちろん生まれて初めてであった。

 その後、いろんな出版社から仕事をいただくようになるのだが、講談社もダイヤモンド社も新潮社もアスキー社も小学館も、その建物内部にまだ一度も足を踏み入れたことがない。


2004年01月07日掲載

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