* 週刊フォトエッセイ*

週休六日のススメ

  文・写真/福山庸治 --->Back Number


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213 絵が上手いマンガ家の苦悩(3)

 最近の僕は、いつの間にやら、経済やパソコンや小説などの専門誌に、極々短いマンガを描くというニッチな場所に活動の場が移ってしまっているが、それでもたまに、いわゆる一般のマンガ誌から原稿依頼の電話が舞い込むことがある。もっとも、「一般のマンガ誌」といっても、麻雀専門だったり○○専門だったりと、「一般」の中でも極めてニッチな市場を狙ったものではあるが。
 そういうニッチ狙いであればこそ、そこでの依頼内容は、いつも概ね決まっている。

「是非、福山さんの絵が欲しいと思いまして」
「絵が欲しい? 絵だけですか、欲しいのは?」
「というわけではないんですが、原作があります」

 またかと思って、うんざりする。
 僕はもう30年以上もマンガを描いている。
 次から次と泉のように物語を生み出せる才能は僕にはないが、それでもほとんどオリジナル作品だけを描いてきた。まだ誰も考えたことがないかもしれないアイディアを思い付いたり、永年関心を持ってきたこと、あるいは、抑えても抑えても意識の下でうごめいてしまうような妄想をマンガという形にすることに、得も言われぬ面白さを感じるからだ。物心ついた時から、考えることが大好きなのである。場合によっては、三度の飯より好きと言っていい。絵はたまたま描けるから描いているに過ぎない。そりゃあ、もっといい絵が描けるように多少は努力する。が、僕にとって、マンガを描く動機となっているのは、絵を描くことではなくて、考えることなのである。アタマが主で、手足はあくまで従、位が違うし、頭が高い下がれ下がれなのだ。

 しかし、僕は絵が上手いらしいから、アタマは要らないけど、「立派なバスト」……ではなくて、絵だけ欲しいと考える人がどうしても出てくる。もちろん、その人に罪はない。「上手い絵」を発見すれば、当然考えてしかるべきことである。

 さて、果たしてこの場合、絵を求められるだけでも幸せと思うべきだろうか?


2004年02月18日掲載

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