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* 週刊フォトエッセイ*

週休六日のススメ

  文・写真/福山庸治 --->Back Number 




284 サン・マロへの旅(10)

 サン・マロは港町であり、かつては海賊の町であった。
 海賊といっても、時の国王からお墨付きをもらっている、いわば私設軍隊のような存在だったらしい。要するに、敵国の商船などに対して損害を与え、わが王国に富をもたらす海賊行為ならばどんどんやっちゃいなさいということだ。いかにも中世らしい野蛮な発想に思えるが、現代でもこういう国があちこちあるようなので、賢さに於いて、人間は今も昔も大して進歩していないのかもしれない。

 波止場のスペースに、今回のフェスティヴァル用に仮設したらしい巨大なテントやイヴェント用の移動建物(Magic Mirrorと呼ばれている)が建っている。パリのモンパルナス駅で主催者から渡された通行証を首にぶら下げ中へはいると、まずキッズ用の本に出迎えられた。更に奥へ連なるテントを三つほど通過するとーーそこはまさに本の森である!ーー左手にカステルマン社のブースがあった。
 そこでまず、カチさんという、いかにも有能キャリアウーマン然とした女性にまず紹介された。カステルマン社のスタッフの一人である。日本人がよく知っているフランス人の誰かに無理矢理当てはめれば、モレシャンさんのタイプであろうか。他にも何人かスタッフを紹介されたが、顔も名前も覚えきれないうちに、サイン会の椅子へ誘導された。既に本を手に持ってサインを待っている“読者”がいる。もちろん、フランス人である。僕は緊張した。

 というのも、僕は30年以上もマンガ家をやっていながら、サイン会の席に座ることなど生まれて初めての経験なのである。これまで、そういうオファーがなかったことが一番の原因だが、仮にあっても断ってきただろう。僕の名前など誰も知らないのに、サイン会などやったところで誰も集まるわけがない、恥を晒すだけだ、という信念ともいえる強固な悲観論が僕の中にどでんと居座っているからである。ところが、何だか知らないがフランスへ行けるらしいという甘いニンジンに、条件反射的に僕は食らいついてしまった。かなり潔癖に生きているつもりだが、こういうのに僕は弱い。そのために、その悲観論渦巻くサイン会の真っ只中に立たされることになってしまった。


2005年08月17日掲載

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マカロニ・アンモナイト編集部