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* 週刊フォトエッセイ*

週休六日のススメ

  文・写真/福山庸治 --->Back Number 




292 サン・マロへの旅(18)

 そんなこんなで、サイン会やトークショー、地元学生の主催するラジオのインタヴューなどをこなしていたら、あっという間にフェスティヴァルもフィナーレを迎えてしまった。いよいよフィナーレの乾杯が行われるというので、メイン会場のある一室で待機していると、窓の外をパラグライダーに乗ったおじさんが時計の振り子のように行ったり来たりしている。これまた日本では滅多にお目にかかれそうもない光景であり、実に気持ちよさそうである。

 そのパラグライダーおじさんの写真を撮っていると、オノレさんが、会場のドア近くにいる人を指して「あの人、知ってる?」と訊く。「さあ?」と答えると、「ポール・オースターだよ」と言う。
 ポール・オースター?
「『スモーク』*という映画の脚本を書いた小説家の」というオノレさんの説明で、僕はハーヴェイ・カイテルやウィリアム・ハートらが出演したちょっと渋めの映画を思い出した。
 ポール・オースターはアメリカを代表する有名な小説家だそうである。本国以上にフランスでの人気が高いという。生憎僕は現代アメリカ文学に疎くて、その名前を知らなかったが、『スモーク』という映画はヴィデオで観ていた。NYの下町ブルックリンを舞台にした、エッセイ風の小粋でハートウォーミングな映画である。オノレさんは「僕は彼がいつかノーベル文学賞をとるのではないかと思っている」と言う。そんなに評価が高いのなら、是非読む必要があると思い、帰国後僕は「トゥルー・ストーリーズ」(新潮社刊)というエッセイ集を読み、更に小説を二点ほど購入したが、翻訳であるにもかかわらず、文章が舌を巻くほど巧いのがわかる。物事のありようを実に巧みなレトリックを使って表現している。まさに、言葉の魔術である。こういう文章を読んでいると、自分がこんな三文エッセイでさえうまく書けなくて、いつもうんうん唸っているのが時間の無駄というか、ばかばかしく思えてくる。

 こんなことなら、あの時近づいていって、サインをもらっておけば良かった、というのがミーハー話の三つ目のヴァージョンである。


*『スモーク』…1995年/アメリカ・日本


2005年10月12日掲載

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