* 週刊フォトエッセイ*

週休六日のススメ

  文・写真/福山庸治 --->Back Number


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306 セルマーのアルト・サックス(4)

 ピアノギターも、弾いていて気持ちいい。
 決して上手く弾けないにしても、自分の出す音に勝手に酔うことが出来る。
 だが、サックスを吹くのはもっと気持ちいい。
 気持ちよさは人それぞれで、サックスを吹くのが「もっと気持ちいい」というその「もっと」は、勝手な思い込みではないかと思われるかもしれない。いや、その通りである。だが、僕は敢えて言う、「もっと気持ちいい」のだと。

 一言で言うと、生理的に気持ちいいのである。
 なぜなら、音の出口が直接口に繋がっているからだ。もっと言えば、肛門にまで繋がっている。演奏が音の振動を伝わって自分の体内にフィードバックしてくる、その感覚がなんともいえないエクスタシーを与えてくれるのである。五臓六腑と一体になる楽器といえばいいのか、ウソだと思ったら、是非サックスを吹いてみていただきたい。きっと顎がガクガクになって涎がたらりと落ち、唇はズル剥け、うっかり熱いお茶を飲むと、ひりひり染みて痛い思いをすることになるだろうが、そこを乗り越えればめくるめくエクスタシーの世界が待っているはずだ。

 しかも、サックスはリード楽器である。リードというのは音程や音量を自由自在に操ることが出来る。つまり、歌を唄う感覚で演奏が出来るのである。もちろん、ある程度上手くなればであるが、下手は下手なりに、楽器との一体感を得やすい。
 それに較べたら、同じ吹奏楽器でもフルートだと、どうしても楽器との間に距離を感じてしまう。更にピアノやギターとなると、明らかに楽器というお客さんを、主人の私がもてなしているというか、いたぶっているというか、主体・客体としての関係をはっきり意識してしまうことになる。もちろん、一旦ノってしまえば、この僕でさえも、それらの楽器と一体感を感じることはしばしばある。だが、それはサックスのようなリード楽器とはどこか違っていて、生理的というよりは、知や情にコントロールされたそれのような気がするのである。つまり、まだまだなんとなく人と楽器の間に距離がある。サックスはそうではない。そのせいか、聴き手などいなくても、いくらでも吹いていられる。主客一体、一人遊びの極地といえようか。

 サックスの、そうした人の五臓六腑と楽器とが一体化してしまいがちな特質ゆえに、結果的に楽器の主役になってしまったのが、Jazzという、聴きようによっては際限なき愚痴やおのろけとも思える音楽なのだろうと僕は思うのである。


2006年01月25日掲載

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マカロニ・アンモナイト編集部