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* 週刊フォトエッセイ*

週休六日のススメ

  文・写真/福山庸治 --->Back Number 




313 初恋(7)

 名前のこともさることながら、彼女と何を話したかもほとんど覚えていない。そもそも、あまり話らしい話をしたことがないのである。二人で喫茶店に入っていてもだ。そう、このことははっきりと覚えている。
 僕が何かを尋ねる。すると彼女は「うん」とか「ううん」と答える。話はそれ以上続かない。次にまた僕が何かネタを振る。同じように「うん」か「ううん」が返ってくる。そういうことの繰り返しだった。

 僕は末っ子だが、彼女も何人かの兄を持つ末っ子だった。末っ子というのは、何も喋らなくても生きていける生き物である。なぜなら、いくらでも上の兄弟が喋ってくれるからだ。たとえば法事や何かで親戚の人たちが集まったとする。その中で一番無口なのは大抵末っ子である。おそらく、「うん」とか「ううん」とだけ言っているはずだ。しかも、末っ子はいつも親の手に引っ張られるか、兄弟の後ろに付いていく習性を持つ。小さいうちは、何もかも親兄弟まかせで生きている。だから、人や大勢をリードしたり、指図するのがあまり得意ではない。かといって、指図されることも少ない。兄弟が多いと、指図はだいたい上の兄弟のところで止まり、末っ子までは届かないことが多いからだ。そういう大家族の中に育った典型的な末っ子二人がデートをすると、冒頭に書いたような展開になりがちだ。

 つまり、僕たちはのべ数年間、初恋同士として…… というより幼馴染みのほうに近いのかもしれないが、つかず離れず、なんとなく顔を合わせていながら、二言三言の会話しかしたことがないカップルだったのである。その寡黙な彼女が、大阪のオバちゃんを自称するまでに早口のおしゃべりになっていたことは確かに驚きではあったが、だからといって想像できないことではなかった。人は世間に揉まれて大人になるからである。


2006年03月22日掲載

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マカロニ・アンモナイト編集部