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* 週刊フォトエッセイ*

週休六日のススメ

  文・写真/福山庸治 --->Back Number 




314 初恋(8)

 彼女は結婚をし、二人の娘さんを産み育てた。お孫さんもいる。
 もちろん、僕はそれを数十年後に知ることになるのだが、その話を聞いたとき、僕はそのどこにでも語られているようなありふれた話に安堵した。しかも良い家族に恵まれ、病気を除けばこの上なく幸せそうな様子なので二重に安堵した。なぜいちいち安堵しなくてはならないのかというと、もしかしたら、彼女は僕と結婚するものだと考えていたというようなことはないのだろうかという思いがあって、ずっと引っかかっていたからだ。とはいえ、これまで書いてきた通り、僕たちはまったく深い仲ではない。東京の同窓会で初めてそうするまでは手も握ったことがないし、喧嘩もしたことがない。結婚はおろか、どんな小さな約束さえ交わしたわけではない。よく考えればただの幼馴染みに過ぎないといっていい間柄である。だが、常にお互いの心の中、いや、少なくともに僕の心の中には、いわば異性の原型として常に住んでいたことも事実である。

 そんな僕のほうは大学に通うために東京へ出て、郷里やその人間関係がどんどん疎遠になっていくのを避けようのない自然現象と考えていたわけだが、もしかしたら、本当にもしかしたら、彼女のほうはそうは考えていなかったかもしれない可能性だってあるのだ。30数年ぶりに再会する機会がやってきて、僕はふとそうした考えにとらわれてしまったのである。もちろん、そんな失礼なことを訊いたりはしない。しかし、彼女の口から良い家族に恵まれていると聞いて安堵したのだ。

 彼女と最後に会うことになるのは、2004年10月、やはり京都で行われた高校の同窓会である。彼女も僕も、これが最後の別れになるだろうことは薄々知っていた。だから、僕は何が何でも足を運んだ。そのことを知っていたのは、彼女の昔からの女友達数人と、男では僕だけであったろうと思う。散会の時、僕はそれまでそう何度も触れたことのない彼女の手を強く握りしめながら「またいつか」と言って別れた。

 その3ヶ月後の2005年1月半ば過ぎ、一通の電子メールが届いた。
 正月を大勢の家族と共に楽しく過ごしたこと、病状が悪化していることなどの内容の最後に、次のように書かれていた。

『これを最後のメールにしたいと思います。懐かしい思い出、楽しい思い出をありがとう。』


2006年03月29日掲載

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マカロニ・アンモナイト編集部